何があった?
豊田自動織機は2020年後半、米国向けフォークリフトなどに搭載するエンジンの認証申請を行い、その後、米国環境保護庁(EPA)から申請データについて問い合わせを受けました。調査を広げた結果、日本向けの産業車両用エンジンでも、排出ガスの実測値ではなく推定値を使う、試験条件を成立させるためにエンジンの制御ソフト(ECUソフト)を変更する、試験中に部品を交換するといった行為が確認されました。
豊田自動織機は2023年3月17日に国内法規に違反する可能性のある行為を公表し、特別調査委員会を設置しました。調査はさらに自動車用エンジンの出力試験にも広がり、最高出力の測定時に燃料噴射量を変更していた事例も確認されています。2024年1月29日に公表された報告書は203ページあります。
背景情報:豊田自動織機(Wikipedia)
この報告書で気になった8か所
大きな不正の概要だけでなく、実際のメール、ファイルの置き方、試験現場の判断、上司や先輩の言葉まで読むと、問題が日常の仕事の中でどう進んでいったのかが見えてきます。ここでは、特に具体的な8か所を原文のページ付きで拾います。
「法規を守ると量産に間に合わない」とメールした。上司は返信しなかった
2013年4月、1KDエンジンの劣化耐久試験で問題が重なり、やり直す時間がないと判断したグループマネージャーは室長にメールを送りました。法規を守って進めると5月末までにレポートを提出できず、認証が遅れて量産開始日に影響すると説明し、測定値の代用や過去データからの予測といった案を並べて方針を相談しています。
ところが、室長から返信はありませんでした。委員会のフォレンジック調査でも返信は確認されていません。
後のヒアリングで室長は、量産開始日を守るには何らかの法規に反する行為が必要だと認識していた一方、量産開始日を守るようメールで露骨に指示することははばかられたため、返信しなかったという趣旨の説明をしています。
報告書掲載のメール
2013年4月25日・グループマネージャーから室長へのメール(抜粋。◆は原報告書で判読不能の文字)
法規遵守で行くと 5/末 DF レポートは不可となり、認可が遅れ確実に LO に影響します。 [中略] LO 期日を遵守するのであれば [中略] 下記手段をとるしか対策はありませんが、SEA には耐えられないと思います。 ◆ガスは 203 ベンチのダイレクトコンチで評価し、PM は PEMS の値を採用。 ◆すべて 205 ベンチのエミッション値で代用 クロスで差は出ており DF 値を確定するには危険と思われます。 ◆DF1、過去の経験を頼って 05W の DF 値を予測してレポート提出。 203 修復後、検証。 上記代替案に関しては、私の一存では決めかねますので [中略] 方針を相談させて下さい。
レポート提出の3日後、メールの末尾は「データの取り扱いには十分留意下さい」
返信がないまま、グループマネージャーは推測した粒子状物質(PM)の値などを使って劣化係数を算出しました。その劣化係数を記載したレポートは室長の確認を経て、2013年6月4日にEPAへ提出されています。
その3日後、グループマネージャーは担当者らに、劣化係数を確定してレポートを提出したことをメールで連絡しました。
報告書に掲載されたメールの末尾には、「データの取り扱いには十分留意下さい。」とあります。
書き換え後のファイル名は「_乾湿球調整」。元データと同じ共有フォルダに並んでいた
別のエンジンの試験データでは、元データと書換え後のデータが、測定時間ごとに同じフォルダへ並べて保存されていました。
書換え後のファイル名には、元の名前の末尾に「_乾湿球調整」などが追加されていました。
しかも、その共有フォルダは技術部の従業員ならアクセスでき、パスワードも設定されていませんでした。委員会自身が、これを「一見して試験データの書換えを疑い得るファイル名」と表現し、担当者は書換えの事実を同僚や上司に殊更隠す必要はないと考えていたと認定しています。
500時間まで使ったエンジンと、750時間から使ったエンジンが違っていた
2007年4Yエンジンの劣化耐久試験では、500時間までの測定に使ったエンジンとは異なるエンジンを使って、750時間以降の排出ガス値を測定していました。
報告書では、500時間測定時と750時間測定時の試験計画依頼書に記載されたエンジンの個体番号が違うため、この事実が明らかに認められるとしています。担当者は、劣化耐久試験に関する法規を認識しておらず、この行為が法規に反するとの認識もなかったと説明しています。
排出ガスを測るとき、触媒だけ外して別のエンジンに付け替えていた
同じ2007年4Yエンジンでは、耐久用ベンチで所定の運転時間に達すると、触媒だけを取り外し、測定用ベンチに置かれていた別のエンジン本体に取り付けて排出ガス値を測っていました。
担当者は、排出ガス値に影響するエンジンの劣化要因の大部分は触媒にあり、ほかの部品の劣化による影響は小さいと考えていたため、触媒を劣化させて測れば劣化評価としては足りると考えていた、と説明しています。
さらに上へ相談しなかった理由は「どうせ『何とかしろ。』と言われる」
不正行為の中には室長まで報告・相談されたものが少なからずあった一方、その上の技術部長まで上がったものは見当たらなかった、と報告書は整理しています。
室長はその理由について、開発部門では上司に相談しても、どうせ「何とかしろ。」などと言われる雰囲気があり、技術部長に相談しても無駄だと半ば諦めていた、と説明しました。
また、事業部長に相談しても助けてもらえないと思い、量産開始日の後ろ倒しをL&F(トヨタL&Fカンパニー)に相談しなかったと述べています。
委員会は、室長が問題を上へエスカレーションする職責を果たしていなかっただけでなく、技術部長側も現場の問題を適時に吸い上げられていなかったと指摘しています。
まず普通に測ってから、結果を見て燃料噴射量をどこで増減するか決めていた
自動車用の1GD・2GDエンジンの社内出力試験では、最高出力の実測値が目標値を確実に上回り、トルクカーブもいびつにならないように、燃料噴射量を変更していました。
まず量産用ECUソフトのまま出力を測り、その結果を見て、燃料噴射量を変える回転数領域と増減量を決めていました。
そのうえで、ECUソフトのパラメータを書き換えるか、試験中に「適合ツール」と呼ばれる機器で直接変更していました。
調査委員会の記述
不自然なトルクカーブを提出することへの懸念
こうした実測値の上振れ又は下振れが各回転数領域で積み重なると、トルクカーブがいびつになるところ、適合グループの担当者らは、社内出力試験の結果として、そのようないびつなトルクカーブを提出した場合に、トヨタ自動車の会議等において、エンジンの性能等に関して疑義が呈されることを懸念した。
最初は違和感があった。それでも「昔からこのようにしている。」と言われ、続けるようになった
自動車用エンジンの出力試験で燃料噴射量を変更していた担当者らは、当初はこのやり方に違和感を覚えていたと説明しています。
ところが、上司や先輩から「昔からこのようにしている。」などと言われ、担当者らも次第に燃料噴射量を調整するようになりました。
報告書が指摘した背景
委員会は、個々の行為だけでなく、品質マネジメントシステム(QMS)の不備、品質保証部の脆弱性、法規認証を専門に扱う部署が長く存在しなかったこと、開発スケジュールの問題を上へ伝えにくい組織風土などを共通する背景として分析しています。
今回拾った箇所にも、法規と納期がぶつかったメール、返信しなかった上司、技術部の従業員が見られる共有フォルダ、途中で変わるエンジン、先輩から引き継がれるやり方といった具体的な場面が残っています。報告書の付箋では、こうした場面と委員会の評価を混同しないようにしながら、原文に戻れる形で紹介します。
この記事の訂正
「2020年後半」はEPAへの申請時期で、その後に問い合わせを受けたと冒頭を訂正しました(p.4)。付箋04では担当者の法規認識を関係者の説明と明示し、付箋06の参照をp.164–165に拡大しました。付箋07の具体的な燃料噴射量の調整手順は、報告書で確認できる1GD・2GDエンジンに対象を限定しました(p.144–145)。
