何があった?
日野自動車は2022年3月、エンジンの排出ガス・燃費に関する認証試験で不正があったことを公表しました。特別調査委員会の調査では、排出ガスの劣化耐久試験や燃費測定に関する長期の不正に加え、2016年に国土交通省から不適切事案の有無を尋ねられた際、「不適切な事案はなかった」とする虚偽の回答を行っていたことも認定されています。
2022年8月に公表された調査報告書は299ページ。個別の測定操作だけでなく、開発目標の決まり方、役員と現場のやり取り、従業員アンケートに出てきた社内用語まで詳しく記録されています。
背景情報:日野自動車(Wikipedia)
この報告書で気になった8か所
この報告書は、数値をどう操作したかだけでなく、「なぜ止められなかったのか」を示す言葉がかなり具体的です。未達の数字を前にしたメール、開発担当者が「厳しい」と伝えたときの返答、問題を起こした人が立たされる会議の呼び名など、現場の空気が伝わる8か所を拾います。
改善する具体策はない。それでもメールでは「取りあえず、+3%のデータを送っておきます。」
2005年12月、E13Cエンジンと12段変速機を搭載した車型では、計算方法の誤りを直しても、2015年度の燃費目標に数%届いていませんでした。
委員会は、未達分を改善する具体的な対策がない状態で、担当者が実力値より約2〜3%上乗せした数値を上司への説明に使おうとしていたとみています。
その過程のメールには、「取りあえず、+3%のデータを送っておきます。」と記されていました。
「HC-SCRは厳しい」と伝えた。返ってきたのは「できませんじゃなくて」
2014年、A05Cエンジンの開発では、採用予定の排出ガス浄化装置「HC-SCR」で排出ガス目標を達成しようとすると、重量やコストの面で厳しい状況になっていました。担当者らは、別方式の後処理装置も視野に入れながら、開発担当役員へ難しさを伝えました。
担当者が「厳しい」と伝えたのに対し、役員は「できませんじゃなくて」という趣旨で、研究・設計・実験が協力して成立させる方法を検討するよう求めました。
その後、関係部署の担当者を一つの部屋に集めて対策を進める「大部屋」が設置されています。
問題を起こした担当者が大勢の前で説明させられる。その社内用語は「お立ち台」
従業員アンケートとヒアリングでは、日野社内で使われていた「お立ち台」という言葉が何度も登場しました。
「お立ち台」とは、問題を起こした担当部署や担当者が、多くの部署が参加する会議で、原因や対応策を説明させられる状況を指す社内用語でした。
委員会は、この言葉が日常的に使われていたこと自体、問題が起きた部署を助けるより、問題の影響を受けないよう距離を置く風土を示していると分析しています。
関係者の説明(報告書より)
従業員アンケートの回答(原文)
我々は『お立ち台』と呼んでいたが、問題が発覚して日程内に間に合わなければ、開発状況を管理する部署の前で状況を説明させられ担当者レベルで責任を取らされることになっていた。
問題を指摘すると、自分が解決する役になる。アンケートには「言ったもの負け」
同じく従業員アンケートでは、問題点を見つけて声を上げると、その人自身が対応を引き受けることになりやすいという不満が出ています。
その風土を表す言葉として、報告書には「言ったもの負け」という表現が記録されています。
声を上げると自分が動かなければならなくなるため、自分に影響がなければあえて指摘しなくなる、という回答も掲載されています。委員会は、これらを事なかれ主義を問題視する意見として取り上げています。
「できない」「達成困難」と正直に言うと、能力が低いと評価されるという声
人事評価や人材登用についてのアンケートでは、上の意向に沿う人が評価され、難しい目標に対して率直に達成困難と報告すると評価が下がるという趣旨の回答が目立ったと委員会は整理しています。
一方で、精神論でも「頑張る」と答えたり、目標を達成したようにうまく見せたりする人が評価される、という認識が従業員側にありました。
別の回答では、できない理由を説明すること自体に時間を取られるため、明らかに困難でも説明より業務を優先してしまうという声もあります。
委員会の表現はかなり直接的。「押し付けられた無理」を不正で達成するところまで行く
委員会は、上位者の指示に下位者が過敏に反応する上意下達の組織風土を問題の一つに挙げています。本来なら実力やスケジュールから困難だと伝えるべき場面でも、管理職が燃費改善を引き受け、その負荷が現場へ下りていった事例を取り上げています。
委員会は、できないことをできないと言えない組織では、押し付けられた無理を最終的に不正行為で達成してしまうところまで行き着く、と分析しました。
燃費を良く見せる方法は、現場のノウハウとして受け継がれていた
委員会は、規程や業務マニュアルが十分に整っておらず、知見の継承が実務を通じた指導(OJT)に大きく依存していたことを指摘しています。
その中で、燃費性能を良く見せる手法として、燃料流量計の校正値を操作する方法が現場のノウハウとして用いられていました。
委員会は、こうしたやり方を、効率や目先の結果を優先した現場独自の知恵が不正へ変わった例として挙げています。
8回の測定データを、初回・中間・最後のデータに振り分けた
オフロードエンジンの劣化耐久試験について、委員会はオンロードエンジンよりも手口が大胆で杜撰なものがあったと記しています。
ある事例では、本来それぞれの時点で測るべきデータについて、中間の測定点で取得した8回分を、初回・中間・最後の測定データに振り分けていました。
委員会は、長時間をかけて耐久試験をしながら、その試験が何を確認するためのものなのかという理解自体が不足していたのではないかと厳しく評価しています。
調査委員会の記述
オフロードエンジンの試験をめぐる特別調査委員会の評価(原文)
ただ、そのやり方は、例えばE13C-YMのRMCモードにおける測定データの取り方が典型例であるが、3回のうち中間の測定点で測定した8回の測定データを、初回と中間と最後の測定データに振り分けるなど、オンロードエンジンに比べて手口が大胆で、稚拙、杜撰ともいえる。
報告書が指摘した背景
委員会は、現場のリソースや能力に見合わない計画、上意下達の強さ、心理的安全性の不足、部署間の分断、開発と認証の役割分離不足、規程・データ管理の不備などを複合的な原因として挙げています。
この報告書では、不正な数値そのものと同じくらい、「難しいと言ったときにどう返されたか」「問題を表に出した人がどう扱われると思われていたか」が詳しく書かれています。報告書の付箋では、アンケート回答、具体的事実、委員会の評価を区別して掲載しています。
この記事の訂正
付箋01の約2〜3%上乗せを委員会の推認と明記し、参照をp.111–112に拡大しました。付箋02には背景が記載されたp.152を補いました。付箋04の「声を上げると自分が動かなければならない」という説明は、報告書に掲載されたアンケート回答に基づくと明示しました(p.243–244)。
