何があった?
2002年6月25日、米通信大手WorldComは、2001年から2002年第1四半期にかけて38億5,200万ドルの「line cost(通信回線費用)」を費用ではなく資産へ振り替えていたとして、財務諸表を修正すると発表しました。通信回線費用は、他社の通信網などを利用して通話やデータを運ぶための主要な営業費用です。
同年7月21日、WorldComと米国内の主要子会社はChapter 11(米連邦破産法11条)の適用を申請し、取締役会は同日、会計問題などを調べるSpecial Investigative Committee(特別調査委員会)を設置しました。
調査委員会は、1999年から2002年にかけて、望ましい決算数字を実現するため90億ドルを超える虚偽または裏付けのない会計仕訳が行われたと結論づけています。報告書が集計した不適切な損益計算書上の金額は約92億5,000万ドルで、そのうち約73億2,900万ドルが通信回線費用に関するものでした。
報告書は、最高財務責任者(CFO)のScott Sullivanが不適切な仕訳を指揮し、Controller(経理責任者)のDavid Myersらが仕訳を指示したとしています。最高経営責任者(CEO)のBernard Ebbersについては、一部の売上を膨らませる処理を認識していたことを示す明確な証拠がある一方、通信回線費用の資産計上を知っていたことを示す直接的証拠は確認できなかった、としています。
背景情報:ワールドコム(Wikipedia)
この報告書で気になった12か所
数億ドルの調整額が付箋紙で渡され、売上を増やす候補が「慎重・中間・積極的」に分けて並べられていました。帳簿の数字だけでなく、何の資産か説明できないという担当者の回答、仕訳を拒んだ社員へのメール、監査人に渡す資料の書き換えまで、実際の仕事の場面から12か所を拾いました。
以下の日本語は英語原文をもとにした報告書の付箋による翻訳・要約で、公式日本語訳ではありません。ページ番号はSEC EDGARに収録された報告書の印字ページです。
報告書本文の日付は2003年3月31日ですが、WorldComは米連邦検察当局の要請で公開を保留し、2003年6月9日に一般公開しました。そのため「報告書公表日」には6月9日を使用しています。
5.44億ドルを、5,440万ドルちょうどの「資産」10個に分けた
2001年第1四半期、WorldComは本来費用として処理すべき通信回線費用の一部を設備投資として資産へ振り替えていました。5.44億ドルは当初「建設仮勘定」に入っていました。
その後、外部監査人Arthur Andersenがこの勘定を監査で確認する予定だと社内に伝わります。
8月22日、固定資産会計部門のMark Abideは5.44億ドルを別の勘定へ移し、5,440万ドルちょうどの固定資産を10個作って、光ファイバーケーブルとして登録しました。
残った20万ドルも別の資産にされ、11件には「SS Capacity」という識別名が付けられました。関係者は、これは「Scott Sullivan Prepaid Capacity(Scott Sullivanの前払い容量)」を意味したと説明しています。
7.42億ドル、次は8.18億ドル。別の四半期でも巨額の調整額が付箋紙で渡された
2001年第3四半期の決算処理で、経理担当上級副社長David Myersは、設備投資額を集計していたSanjeev Sethiに付箋紙を渡しました。そこには「7.42億ドルと仮定」と書かれていました。
その後の二人の会話で、付箋紙の数字がその四半期に資産へ振り替える通信回線費用の額だと確認されました。実際に帳簿へ入れられた金額は7億4,272万5,000ドルでした。
2002年第1四半期には、Betty Vinsonが7.18億ドルと1億ドルの二つの仕訳を入力し、合計8.18億ドルを資産へ振り替えました。その金額を設備投資の報告へ反映する段階で、VinsonがSethiへ渡したのも、8.18億ドルと書かれた付箋紙でした。
この頃には仕訳への参加を拒む社員も現れ、Buddy Yatesは別の社内メールで、自分はどこに「告白書」へ署名すればいいのか、という趣旨の表現を使っています。
「prepaid capacity(前払い容量)」の担当者たちは、内部監査へ「何なのか分からない」と回答した
2002年5月、内部監査部門は、社内の設備投資に関する複数の資料で数字が合わない理由を調べ始めました。そこで出てきたのが、「prepaid capacity(前払い容量)」という名称でした。
Sethiは、この調整額が四半期あたり約8億ドルに達していたと説明しましたが、自分自身は「前払い容量」が何なのか理解していないと回答しました。固定資産会計のAbideも、何なのか分からないが固定資産勘定へ計上したと説明しています。
報告書は一方で、二人とも実際には通信回線費用の資産計上について相当多くを知っていたのに、関与の程度を説明せず、調整を詳しく記録した資料も渡さなかったと指摘しています。6月17日、内部監査は実際に仕訳を入力したVinsonにも確認しました。Vinsonは仕訳を入力したものの目的は分からないと回答。Yatesも何なのか分からないのでMyersに聞くよう答えました。
最後にMyersへ確認すると、Myersは仕訳を裏付ける資料はなく、新たに資料を作るつもりもないこと、そして一度この仕訳を始めると止めるのが難しくなったことを説明しました。
会計システムを見ると、問題の仕訳は数分で「画面から飛び出して見えた」
2002年4月、事業部門で費用分析を担当していたRobert Piersonは、社内で使う通信回線費用の数字と、社外に公表されている数字が合わないことに気付きました。MyersやYatesに尋ねても、納得できる説明は得られませんでした。
翌月、Piersonは別の業務のため、WorldComの会計システムを詳しく確認できる権限を得ました。
そこで通信回線費用の仕訳を調べると、わずか数分で、Piersonが「画面から飛び出して見えた」と表現する仕訳が見つかりました。
それらは「前払い容量」と説明された、大きな丸い金額の通信回線費用の減額仕訳でした。ただし、この時点のPiersonは「前払い容量」が具体的に何なのか知らず、会計処理自体が不適切だと理解していたわけではありませんでした。
売上候補表から「慎重」が消え、「積極的」の2.79億ドルを全額計上
2000年第3四半期、目標とする売上との差を埋めるために使えそうな会計項目は、売上会計部門の共有ドライブにある「Sept Hit List(9月の候補リスト)」で管理されていました。
初期版には各項目について、「慎重」「中間」「積極的」という3段階の列がありました。「慎重」なら売上を780万ドル減らす必要があり、「中間」なら6,500万ドル増、「積極的」なら最大2.73億ドル増やせる、という内容です。
ところが後の版では「慎重」の列そのものが消え、候補も追加されました。「積極的」に計上した場合の金額は2.79億ドルへ増加し、最終版とみられる表では、その2.79億ドルが全額計上済みになっていました。
WorldComが発表した前年同期比の売上成長率は12%。調査委員会は、この2.79億ドルがなければ8.6%だったとしています。
CFO自身が、決算の数字を「会計上の水増し」「ガラクタ」と呼んでいた
2001年第2四半期、WorldComでは実際の事業から得られる売上と目標との差を埋めるため、「Close the Gap(差を埋める)」と呼ばれる作業が行われていました。
6月19日、CFOのScott SullivanはCEOのBernard Ebbersへ留守番電話を残しました。
そこでSullivanは、最新の月次売上報告にはすでに「accounting fluff(会計上の水増し)」や「junk(ガラクタ)」と自ら呼ぶ一時的な項目が入っていると話しました。
さらに、こうした数字によって、本来の継続的なサービス事業で何が起きているのかが見えにくくなり、このままでは「巨大な穴を掘る」ことになるという趣旨の懸念も述べています。
約3週間後、Ebbersは別の幹部に、目標数字を達成するために必要だった一時的な項目がどうなっているか確認するよう指示していました。
社内メールには「12%という魔法の数字」と書かれていた
2001年第2四半期、WorldComの本業の売上成長は鈍化していました。
事業運営部門のMichael HigginsはMyersへのメールで、本業の悪化を一時的な売上項目で補うことが当たり前になりつつあることへの懸念を書いています。その中にあったのが、さまざまな見通しが「12%という魔法の数字」に結び付けられている、という一文でした。
その後、WorldComは2001年7月26日の決算発表で、第2四半期のWorldCom Groupの売上高が前年同期比12%増になったことを大きく掲げました。調査報告書によれば、7月13日の社内資料は、その四半期に計上する「Close the Gap」の項目を約2.49億ドルと見込んでいました。報告書は、挙げられた会計項目の大半が最終的に売上へ計上されたとしています。
売上を補う一時的な項目についての社内メール(抜粋)
I’m distraught over June results. […] They became necessities because of the continued shortfalls.報告書の付箋による訳6月の業績には途方に暮れています。[中略]目標に届かない状態が続き、一時的な売上項目が必要不可欠になってしまいました。
売上候補を共有するメールには「メールや書面では議論するな」
2001年第3四半期になると、WorldComの実際の売上と、目標としていた二桁成長との差はさらに広がりました。
10月2日、売上会計部門責任者のDavid Lomenzoは、「Close the Gap」で使う売上候補の一覧を複数の担当者へ送りました。
そのメールには、Sullivanからの指示として、「問題点をメールや書面では議論しない」と記されていました。
さらに、この作業は関係者の認識を揃えるためのもので、誰に質問しても同じ回答が返ってくるよう、一覧を共同で管理するという趣旨も書かれていました。
この時点で前年同期比の売上成長率は5.5%。すでに承認された売上候補を加えても6.6%でした。12%に到達するにはさらに2.63億ドルが必要と計算され、その四半期の決算処理で2.74億ドル超が「Corporate Unallocated」と呼ばれる全社調整用の売上勘定へ計上されました。
約975万ドルの仕訳で1株利益は0.46ドルに。裏付けは確認できず
2000年第2四半期、WorldComは契約上の最低利用量を満たさなかった顧客への請求について、回収が難しい金額を相殺するための準備金から、約1億ドルを売上へ振り替えました。その最後に追加された仕訳が、974万8245ドルでした。
調査委員会は、この仕訳を裏付ける正当な会計分析を確認できませんでした。聞き取りを受けた関係者も、なぜこの追加仕訳を行い、最低利用量に関する請求の準備金と相殺したのか思い出せなかったとしています。
この仕訳がなければ、一定の項目を調整したプロフォーマ1株利益は0.4532ドル。仕訳を加えると0.4552ドルでした。
小数第2位に丸めると、前者は0.45ドル、後者は0.46ドルになります。0.46ドルへ切り上がる境界を超えた幅は、1株あたりわずか0.02セントでした。その結果、WorldComが発表した1株利益はWall Streetの予想と1セント単位で一致しました。調査委員会は「この目的のために974万8245ドルと決めた」とは断定せず、この土壇場の仕訳によって1株利益の目標達成が可能になったように見える、としています。
根拠のない仕訳を拒んだ社員へ「なら私が飛んで行って入力する」
調査報告書は、会計上の数字へ疑問を示した社員に対し、上級幹部が威圧的な対応を取った事例を複数挙げています。
通信事業UUNETの幹部David Schneemanは、根拠のない5,000万ドルの費用削減仕訳を入れるよう求められました。
Schneemanが根拠の説明を求めて拒否すると、Myersはメールで、このままならミシシッピからワシントンD.C.まで飛んで、自分で仕訳を入力するという趣旨を書きました。
それでもSchneemanは拒否し、最終的には別の部署が仕訳を入力しました。仕訳を拒む社員へMyersが送ったメール(抜粋)
Book it right now, I can’t wait another minute.報告書の付箋による訳今すぐ仕訳を入力しろ。もう一分たりとも待てない。
別の社員は、大きな数字の食い違いについてYatesへ説明を求めた際、強く叱責されたと調査委員会へ説明しています。報告書によれば、Yatesは、その数字を監査人に見せたら「窓から放り出す」という趣旨の発言をしたとされています。こちらはメール記録ではなく、社員の証言として記載されたものです。
外部監査人に渡す月次売上報告では、2.11億ドルを別の地域や別の月へ振り分けた
WorldComでは、全社の売上をまとめた月次売上報告を「MonRev」と呼んでいました。2001年第3四半期の終了後、外部監査人Arthur Andersenへ提出する前に、このMonRevへ変更が加えられました。
主な変更は、「Corporate Unallocated」と呼ばれる全社調整用の売上から、2.11億ドルを各営業地域へ移すことでした。
これによって同項目の売上は2.99億ドルから8,800万ドルへ71%減少しました。移された項目の一部は、実際には関係のない営業地域へ配分され、9月に集中していた金額も7月、8月、9月へ分散されました。変更の目的については関係者の説明が一致していません。Stephanie Scottは誤った分類を正した最終版だったと説明しました。一方、David LomenzoやLisa TarantoらはScottが変更を指示したと説明し、Tarantoとその部下はArthur Andersenに疑問を持たれる可能性を下げるための変更だったと説明しています。
当時のメールや手書きメモでは、変更版は「AA MonRev(Arthur Andersen向け月次売上報告)」「Special MonRev(特別月次売上報告)」と呼ばれていました。経営陣には元の版が配られ、販売手数料も元の版で計算され、その後のMonRevも元の数字を引き継いでいました。調査委員会は、こうした事情は変更版がArthur Andersen向けに作られたことを強く示しているとしています。
CEOが事前承認なしに900万ドルを借り、報酬委員は「彼は大人だから」と何も言わなかった
1994年5月16日、WorldComの前身企業LDDSのCEOだったBernard Ebbersは、会社から900万ドルを借りました。
会社記録によれば、この借入について取締役会や報酬委員会が事前に承認した形跡はありません。取締役会は、その後になって借入を追認しました。調査委員会は、上場企業のCEOが事前承認なしに900万ドルを会社から持ち出し、重大な結果につながらなかったことを「衝撃的」と評しています。
さらに報告書は、取締役の誰かがEbbersを注意した証拠も、同じことを防ぐ手続きを検討した証拠も見つからなかったとしています。
当時、報酬委員会にいたStiles Kellettは調査委員会の聞き取りに対し、自分がEbbersに何も言わなかった理由を、Ebbersは「大人」で、自分のことは自分で管理できると思ったからだと説明しました。
なお、会社の提出書類によれば、Ebbersはこの900万ドルを含む1994年の借入を4〜5か月以内に返済しています。
報告書が指摘した背景
調査委員会は、WorldComの会計不正を少数の仕訳担当者だけの問題とは捉えていません。CEOが市場へ二桁成長を約束し続け、CFO以下の財務部門がその期待へ数字を合わせたこと、巨額の手入力仕訳を十分な裏付けなしで処理できる会計統制、疑問を持った社員が強く反対しにくい職場環境、外部監査人への情報制限、受け身の取締役会などが重なったと分析しています。
この記事の訂正
付箋で伝えられた金額は2001年第3四半期と2002年第1四半期のもので、連続する四半期という説明を訂正しました。prepaid capacityについての説明を担当者の発言として示し、実際にはより多くを知っていたという委員会の留保を明確化しました。Close the Gapの2億4,900万ドルは当時の計上見込み額と訂正し、決算処理の時期と、関係者が思い出せなかった追加仕訳・準備金相殺の理由を原文に合わせました。監査人の質問回避という説明はTarantoと部下に帰属させ、Piersonの認識、売上成長率、EPSの丸め、監査人向けMonRevをめぐる動機の争いと委員会評価の参照ページを補いました。
