何があった?
ニデックグループでは、費用計上の先送り、収益の過大計上、資産評価や減損をめぐる不適切な会計処理などが複数の拠点で行われていたことが判明しました。ニデックが設置した独立の第三者委員会は2025年9月から調査を行い、役職員その他の関係者337人(退職者を含む)に延べ612回のヒアリングを実施し、129人をフォレンジック調査の対象としています。
2026年4月17日に最終報告として公表されたPDFは、会社の公表文、概要版、訂正を反映した2月27日付調査報告書、追補を含む287ページです。委員会は個別の会計処理だけでなく、現実的とは言い難い業績目標、日次・月次の業績管理、内部監査や監査法人への情報共有、経営トップの関与・認識まで検証しています。以下の12付箋のページ番号は、同梱された2月27日付調査報告書の印字ページです。
背景情報:ニデック(Wikipedia)
この報告書で気になった12か所
この報告書には、会計処理の専門論点だけでなく、数字を積み上げるための社内用語、会議の運用、実際に残っていたメールやExcel、監査対応の具体像が大量に記録されています。ここでは、会計知識がなくても組織の日常が見える12か所を拾い、委員会の認定、メールなどの客観資料、関係者の説明をできるだけ分けて紹介します。
具体策がない利益計画は、社内で『白箱』『空箱』と呼ばれていた
2016年度、国内グループ会社の一部には、もともとの事業計画を見直して業績目標を前倒しするよう求められました。会議では、無理に第1四半期へ前倒しすれば「健全な経営を崩す」ことになりかねないという懸念も出ましたが、目標の見直しは進められました。
その過程で、ある子会社CFOが見直し後の事業計画を提出したメールには、まだ具体策の裏付けがない状態で数字を積み上げていることを示す社内用語が残っています。
営業利益を上げる具体策がないまま数字だけを積み上げることは、「白箱」と呼ばれ、「空箱」と呼ぶ人もいました。
委員会は、このメールなどから、具体的な方策がないにもかかわらず、形だけ指示された事業計画を提出する国内グループ会社が存在したとしています。
報告書掲載のメール
国内グループ会社CFOが、見直し後の計画を提出したメール(原文)
昨日の業績会議を受け、まだ白箱を積んだ状態では有りますが、1Q 16 億円、26%にて再提出させて頂きます。
本社向けの『形だけ』の計画と、実際に使う『本当の』計画があった
委員会は、トップダウンで現実的とは言い難い業績目標が課される中、国内グループ会社の一部が、事業の実情を踏まえた現実的な計画を別に作り、実際の経営にはそちらを使っていたと記しています。
本社向けの「形だけ」の事業計画と、実際に使う「本当の」事業計画が二重に管理されている会社がありました。
本社向け計画は幹部だけで共有され、グループ会社事業管理部に対しては、実際には実施予定のない施策まで、計画達成のために検討しているように見せる場合も少なくなかったとされています。
目標100%を達成するため、最初から124%分の施策を出す
ニデックでは、毎月の営業利益目標を達成するため、「124%のアイテム出し」と呼ばれる取組が行われていました。施策は実現可能性によってAからEまでランク付けされ、重み付けした合計で月次目標の124%、A・Bランクだけでも80%に達することが求められていました。
営業利益目標100%に対して、施策は最初から124%分を積み上げる仕組みでした。
毎月5日までに出し切ることが求められ、ある国内グループ会社CFOは、間に合わなければ徹夜してでも施策を出すよう求められ、経費計上の延期や評価損の見直し、コストの資産化など、会計処理で利益を捻出せざるを得ないことがあったと説明しています。
3か月ずっと苦しむより、第3月だけ苦しむ
業績の悪い国内グループ会社では、業績会議に加えて、毎日のように「業績フォロー会議」が開かれることがありました。昼の会議で目標達成策が出なければ、同じ日の夜に再度会議が設定されることもあったと報告書は記しています。
その負担を避けるための月次報告について、あるCFOは委員会にかなり具体的な説明をしています。
第1月と第2月には実際には存在しない営業利益を先に報告し、「3か月ずっと」会議で苦しむより第3月だけ苦しむ方がましだと考えることがあった、という説明です。
これは特定の関係者によるヒアリング供述です。委員会は、特に業績の悪い国内グループ会社では、月次の業績数値が実態と乖離することも少なくなかったと整理しています。
利益をひねり出す『一時しのぎ』には『One Timer』という名前があった
四半期末が近づき、財務会計上の営業利益が目標に届かないことが分かってから、追加の売上を作るのは現実的ではありません。報告書は、その段階で経費計上の延期、評価損の見直し、資産評価方法の変更、コストの資産化などによって利益を捻出する状況が生じていたとしています。
こうした営業利益捻出のための「一時しのぎ」は、「One Timer」または「一過性アクションアイテム」と呼ばれることがありました。
2022年の社内会議の議事録には、管理会計と財務会計の数字のずれを問題視し、月次の社内報告であっても是正が必要だとする発言も残っています。
何度も電話、1時間おきにメッセージ。社内メールには『地獄』
業績プレッシャーは会議だけではありませんでした。報告書には、ある国内グループ会社の社長が幹部らに送ったメールが掲載されています。
そのメールには、代表から何度も電話があり、1時間おきにメッセージが入り、やる気がないなら退場するよう求められている状況が記されていました。
同じ節には、役員任期や人事に踏み込んで業績達成を迫る、別のメールも残されています。
ここで紹介している「地獄」は、委員会の評価語ではなく、当時の社内メールに残された表現です。報告書掲載のメール
国内グループ会社の社長から同社幹部へのメール(原文)
一昨日から代表より何度も電話がかかり、1 時間おきにメッセージが入り、挙げ句の果てには、やる気がないなら退場しろとか言われております。これが●●さんが言う地獄ってやつですかね。
報告書掲載のメール
永守氏からニデック本社CFOへの別のメール(原文、一部中略)
君は何度原点にもどれば指導を受けた経営のやり方を実践できると思っているのか? [中略] 早く交代者をリサーチして約束を守れる CFO に変えたいし変えなければ NIDEC の将来は暗いと言わねばなるまい。 [中略] 恥を知るべきだ! また今期も前期と同じ未達を繰り返すような業績進捗指揮力では、CFO を退任して貰うしかない。
不正を調べる『特命監査』は秘密裏に行われ、報告先も限られていた
ニデックでは2011年頃から2020年6月頃まで、会計不正や着服・横領などを対象にした「特命監査」が行われていました。永守重信氏への投書などをきっかけに、特命を受けた従業員が調査していたものです。
特命監査は秘密裏に行われ、その内容は当初、永守氏ら限られた経営幹部以外には共有されていませんでした。
委員会によると、金額の大きな会計不正では、直ちに全額を是正すると子会社の営業利益が大きく落ちることへの配慮から、複数期にわたって計画的に問題を処理するよう指導する例もありました。永守氏も、そうした例があることを報告を通じて把握し、受け入れていたと委員会は認定しています。
ただし、資産健全化プロジェクト開始後には、内部監査部門を所管する執行役員へ課題資産の一覧が共有されるようになりました。また、後の外部法律事務所によるフォレンジック調査で発見された特命監査報告書は、PwC京都にも共有されています。
5.8億円に合わせるためのExcelには『人数は適当です。』
ニデックプレシジョンの案件では、外注業者への技術支援を理由に5億8,000万円の収益を計上しようとしました。しかし外注業者側は、取引の実態と金額を証明できないことなどを理由に、当初の覚書締結に難色を示していました。
第三者委員会の調査では、技術者の派遣実績を示すために作られたExcelファイルが見つかりました。
そのExcelには「人数は適当です。」とあり、5.8億円にするためには人員を増やすしかないという趣旨の記述も残っていました。
委員会は、技術支援等の実態はなかったと考えられるとしています。それでも2016年度第2四半期に5億8,000万円の役務収益が証憑のないまま計上され、後に外注業者と取り交わした、役務の対価について債権債務関係がないことを確認する補足契約書は、PwC京都へ提出されませんでした。
経理部長から監査法人へ『崖っぷちです。』。監査対応はプランAとプランB
海外子会社が受けた政府補助金約12億5,000万円を一括で収益計上できるかをめぐり、現地監査法人は認めない立場を維持していました。その最中、ニデック本社の経理部長はPwC京都の公認会計士へ連絡しています。
メールでは、現地監査法人を正面から説得する方法がプランA、PwC京都側で政府補助金の監査手続を「巻き取る」方法がプランBとされていました。
経理部長は委員会に、現地監査法人へ補助金を監査対象から外すよう申し入れる可能性も聞いていたため、この案を検討したと説明しています。
報告書掲載のメール
ニデック本社の経理部長からPwC京都の公認会計士へのメール(原文)
崖っぷちです。お電話頂けませんでしょうか。
報告書掲載のメール
2022年4月22日、同じ経理部長が監査対応について送ったメール(原文、一部中略)
プラン A は正攻法通り●●[注:現地監査法人]を正面突破ですが、今日の●●[注:現地監査法人]との MTG を受けプラン B の PwC 京都での巻き取りも具体的に検討したいと思います。 そのために必要なものとして以下をお聞きしています。 1.投資協議書 2.1 における監査は形式的なものであることを示す 2.追加の通達で期限が限定されないことを示す 3.議事録の提示 [中略] 以上で巻き取り可能かご確認下さい。
書類は3月の日付に戻された。監査法人には片方だけ見せなかった
政府補助金の収益計上をめぐる交渉では、現地政府から、追加通達を社内の会計処理にだけ使うことなどを記した「承諾状」を差し入れるなら、追加通達を出せるという回答がありました。
2022年5月11日、現地政府から3月30日付にバックデートされた追加通達が送られ、ニデック側も3月29日付にバックデートした承諾状を差し入れました。
追加通達はPwC京都へ提出しましたが、対になる「承諾状」を現地政府へ差し入れた事実は伝えられませんでした。
経理部長は後のヒアリングで、承諾状を余計な情報と考え、PwC京都には共有したくなかったという趣旨を説明しています。PwC Japanは、当時その存在を認識していれば会社の説明と整合しないと判断したと思われる、と委員会に回答しています。
前年が過去最高益になると、今年の目標達成が難しくなる
2023年に買収したTAKISAWAの会計処理では、台湾子会社が持つ土地に多額の評価益があることが判明しました。外部アドバイザーの初期試算では、土地に約93億円の評価益が出る可能性があり、2023年度の連結財務諸表を遡って修正する必要が生じる状況でした。
経理担当者らは、2023年度が過去最高益になると、2024年度下期に掲げた過去最高の営業利益という目標の達成ハードルが上がるため、遡及修正を避けたいと考えたと説明しています。
その後、土地を評価対象から外す方針が決まりました。委員会は、土地を恣意的に評価対象から除外し、負ののれん発生益33億4,000万円の計上を不正に回避したと認定しています。
プレッシャーを訴えた記述は議事録から消えた。『お気に入り』を問題にすると逆にやられると思った
2019年度以降も会計不正が相次ぎ、内部監査部門は特別調査を行っていました。委員会によると、内部監査側は、不正が繰り返される背景に本社からの強すぎる業績プレッシャーがあると考えていましたが、高い目標と達成を強く求める経営スタイルそのものに切り込むことは避けていました。
国内子会社幹部へのヒアリングでは、本社執行役員からの苛烈な業績プレッシャーが不正の原因だったという説明が出ました。しかし、その部分は最終化したヒアリング議事録から削除され、調査報告書にも記載されませんでした。
内部監査部門の関係者は、その執行役員が永守氏の「お気に入り」であり、問題を安易に取り上げると「逆にやられると思った」と委員会に説明しています。
削除前の議事録はPwC京都にも共有されており、担当パートナーは、過度なプレッシャーが不適切処理の根本原因を示しているように見えるという趣旨のコメントを付けていました。
PwC Japanは、従前の会社説明と議事録との認識差を時間的制約の下で迅速に確認するため、議事録を直接修正したと回答しています。また、担当パートナーは事実確認に先立ち、デジタルフォレンジック調査の必要性を監査役らへ伝えていたとしています。委員会は監査調書の閲覧や担当パートナーのヒアリングを実施できず、書面回答を受けており、会計監査人自体の評価は行っていません。
報告書が指摘した背景
第三者委員会は、会計不正の背景として、現実的とは言い難い業績目標とその必達を求める強いプレッシャー、業績管理と経理の距離の近さ、会計上の問題を業績への影響と切り離して処理できない運用、内部監査・取締役会・監査等委員会などの牽制機能の弱さを挙げています。
また委員会は、永守氏が今回発見された会計不正を指示・主導した事実は発見されなかったと明記しています。一方で、特命監査の報告を通じ、本来は直ちに是正すべき会計不正を計画的に処理する例があることを把握しながら受け入れていたことなどから、一部の会計不正を容認したとの評価は免れないとも述べています。さらに委員会は、強すぎる業績プレッシャーの起点であったことなどを踏まえ、今回の会計不正について最も責めを負うべきなのは永守氏だと評価しています(2月報告書222ページ)。
この記事の訂正
特命監査の内容が共有されなかったという表現に、その後の内部監査所管役員とPwC京都への共有例外を補いました。技術支援の実態については委員会の推認と区分し、補足契約の内容を明確にしました。Plan Bは政府補助金に関する監査手続の引継ぎであり、メールの冒頭とした説明も訂正しました。TAKISAWA案件の2024年度目標は下期の過去最高営業利益としました。ヒアリング議事録の修正についてPwC Japanの回答と委員会の調査範囲の留保を補い、337人にはその他の関係者も含むこと、永守氏の責任に関する委員会評価と参照ページを明確にしました。
