何があった?
2003年1月16日、スペースシャトルColumbiaはSTS-107ミッションで打ち上げられました。打上げ81.7秒後、外部燃料タンクの左bipod ramp(二脚式の機体取付部を覆うフォーム)から断熱フォームが脱落し、81.9秒後に左翼前縁へ衝突しました。
飛行中、地上では衝突による損傷の可能性が解析され、追加画像を得ようとする動きもありました。しかし、致命的な損傷があるとは判断されないままミッションは継続されました。2月1日の再突入時、左翼の熱防護システムの破損部から高温の空気が侵入し、左翼構造が損傷して機体が空中分解。乗員7人全員が死亡しました。
コロンビア事故調査委員会(CAIB: Columbia Accident Investigation Board)は、物理的な原因だけでなく、以前から起きていたフォーム脱落の扱い、スケジュール圧力、飛行中の解析、画像取得の判断、会議での情報伝達なども調査しました。Volume Iは2003年8月26日に公表されています。
この報告書で気になった12か所
NASA長官向けの説明資料や技術者のメールには、当時の判断が具体的に残っています。
NASA本部が配ったカウントダウン・スクリーンセーバー、職員が使った「tricks(裏技・小細工)」という言葉、休日に続けられた解析、返事が来なかったメール、90分以内に撤回された撮影準備の依頼、送らなかった警告メール、議事録に残らなかった議論。そして、重要な「640倍」がPowerPointの一番下に置かれていたこと。
ページ番号はCAIB Report Volume Iの印字ページです。
Columbiaの2便前にもフォームが落ちていた。それでも「追加リスクなし」で次を飛ばした
Columbiaの2便前にあたるSTS-112でも、外部燃料タンクのbipod rampからフォームが脱落しました。CAIBは、その大きさと損傷の程度から、この出来事の後にNASAがなぜ飛行を続けたのかを詳しく調べています。
当初、写真解析の担当グループはこのフォーム脱落をIn-Flight Anomaly(飛行中異常)として扱うよう提案しました。しかし、Program Requirements Control Boardはそうせず、原因究明と是正策をExternal Tank Projectへの「action」としました。報告期限は当初、次のSTS-113打上げより後に設定され、その後さらにSTS-107の帰還後まで延びました。
STS-113のFlight Readiness Reviewで使われた資料には、External Tankは「no new concerns (and no added risk)」、つまり「新たな懸念も追加リスクもなく飛行可能」と書かれていました。
CAIBは、この判断によってSTS-112の問題を解決しないままSTS-113とSTS-107の2便を飛ばすことになり、STS-107でのフォーム衝突を評価する際にも同様の考え方を使いやすくしたと指摘しています。
NASA長官への月次説明資料、その半分以上が「スケジュールの余裕日数」だった
当時、Space Shuttle ProgramとInternational Space Station Programは、2004年2月19日のNode 2打上げを大きな節目として管理していました。
両プログラムの責任者は、新しいNASA長官に毎月状況を説明していました。CAIBによると、その説明で主要な指標になっていたのが、Node 2打上げまでに残っているschedule margin(スケジュール上の余裕日数)でした。
Node 2までに残る余裕日数を扱うスライドは、NASA長官への月次説明資料の半分以上を占めるのが通常でした。
CAIBに掲載された資料には、失われた日数を取り戻すため、冬休み期間の作業、試験範囲の縮小、作業の並行化、3交代制などを検討・実施していたことも示されています。

NASA本部は、2004年2月19日までを日・時間・分・秒で数えるスクリーンセーバーを配っていた
NASA本部は、2004年2月19日のU.S. Core Complete(宇宙ステーションの米国側主要部分の完成)、つまりNode 2打上げ目標日までを数えるコンピューター用スクリーンセーバーを、有人宇宙飛行部門の管理職らへ配布しました。
画面上部には「COUNTDOWN TO Space Station Program US Core Complete February 19 2004」とあり、その下に残り時間が表示されています。
掲載画像では「477 days to go」に続き、残りのhours、minutes、secondsまでカウントされています。
CAIBによると、職員の中には、その日付を達成できないと思ってスクリーンセーバーを面白がる人もいました。一方で、NASA本部がその日付の達成を重視しているというメッセージを強める効果もあったとしています。

スケジュールの余裕を取り戻す方法を、一部職員は「tricks(裏技・小細工)」と呼んでいた
Space ShuttleとSpace Stationの予定は互いに強く結びつき、ある便の1週間の遅れが、制約の連鎖によって数か月の遅れになることもある、と職員はCAIBに説明しています。
2002年秋には、両プログラムとも、それまでの方法だけではスケジュール上の余裕を取り戻しにくくなっていました。
CAIBは、両プログラムが余裕を取り戻すため、一部の職員が「tricks(裏技・小細工)」と呼んだ方法を使い始めたと記しています。
同じページには、急速に詰まっていく打上げ日程を見て、問題を正しく処理する時間が十分に与えられているのか心配になった、という職員の説明も掲載されています。
「連休中はこの問題を作業しない」と言われても、Boeing技術者は週末に解析していた
フォーム衝突が確認された後、NASAや契約企業の技術者による破片損傷評価チームが作られていきました。
Martin Luther King Jr. Dayを含む連休を前に、United Space Allianceの上級管理職は飛行評価室の担当者へ、このデブリ問題は連休中には作業しないと伝えていました。
しかしBoeingの技術者は実際には週末も作業を続け、土曜日に予備的な損傷解析を行いました。
この週末に推定した破片の大きさや速度は、後にCAIBが「驚くほど正確」と評価しました。
解析対象は想定データの最大640倍。解析モデルを使った技術者は、それまで2回しか使ったことがなかった
Boeingの技術者は、フォーム衝突による熱防護タイルの損傷を推定するため「Crater」という解析モデルを使いました。Craterは、小さなフォームや氷、金属片がタイルへどの深さまで食い込むかを予測するモデルで、校正・検証に使った破片の体積は最大3立方インチでした。翼前縁の強化炭素複合材(RCC: Reinforced Carbon-Carbon)パネルには、氷の衝突試験で校正した別のCraterに似たアルゴリズムを使っていました。
CAIBは、STS-107で扱った条件の多くが検証範囲を大きく外れていたと指摘しています。初期の解析で使われた破片推定には、校正データより体積で最大640倍に相当するものがありました。CAIBの後の推定では、実際の破片は約400倍だったとしています。
解析値をCraterへ入力したBoeing技術者は正式な訓練を受けていましたが、経験は多くありませんでした。
その技術者がCraterを実際に使った経験はそれまで2回だけで、今回のフォーム片へ適用することにも本人は懸念を持っていました。
さらに、これまでCrater解析を担当してきたHuntington Beachの経験豊富な技術者へ相談していませんでした。担当移管はちょうど2003年1月に行われ、STS-107はHuntington Beach側が直接関与しない最初のミッションでした。
「乗員に左翼を見てもらう依頼は進んでいる?」というメールに返事がなかった
CAIBは、飛行中に損傷を確認できたかもしれない場面を「MISSED OPPORTUNITY」として複数整理しています。その最初に挙げたのが、NASAのThermal Protection System担当チーフエンジニアRodney Rochaのメールでした。
Rochaは日曜日、Johnson Space Center Engineering Directorateの管理職へ、Columbiaの乗員に左翼を目視確認してもらうMission Action Requestが進んでいるかを尋ねました。
CAIBは、この問い合わせへの回答がなかったことを、飛行中に損傷を確認できたかもしれない機会として記録しています。
ただし、乗員が簡単に窓から見れば確認できる場所ではありませんでした。ColumbiaにはSTS-107でロボットアームが搭載されておらず、翼内側のRCCパネルを直接見るには船外活動が必要だったと報告書は説明しています。
「前回の飛行継続理由は lousy(お粗末)だったし、今も lousy だ」と書いていた
飛行6日目のMission Management Teamでは、STS-112でフォームが脱落した後、なぜ飛行を継続してよいと判断したのかを改めて確認する話が出ました。
その後、Mission Management Team ChairのLinda Hamは、当時のFlight Readiness Review資料を見直し、Space Shuttle Program ManagerのRon Dittemoreへメールしました。
Hamは、STS-112のフォーム脱落後に「追加リスクなし」とした飛行継続理由を、メールの中で厳しく批判していました。
メールには、112回の飛行でsafety-of-flight上の損傷を経験していないことや、過去とリスクが変わっていないことを理由に「追加リスクなし」としていた、とHam自身が要約しています。
CAIBは同時に、Hamの関心がSTS-107の現在の危険から、次のSTS-114やその先のスケジュールへの影響へ移っていたと分析しています。
You probably can’t open the attachment. But, the ET rationale for flight for the STS-112 loss of foam was lousy.
Rationale states we haven’t changed anything, we haven’t experienced any ‘safety of flight’ damage in 112 flights, […] So ET is safe to fly with no added risk
Rationale was lousy then and still is....本サイトによる訳添付ファイルは開けないかもしれませんが、STS-112でフォームが脱落した後も飛行を続けてよいとした根拠はお粗末でした。 その根拠には、何も変えておらず、112回の飛行で飛行の安全に関わる損傷はなかったと書かれています。[中略]だから外部燃料タンクは追加リスクなく飛行できる、と。 この根拠は当時もお粗末だったし、今もお粗末です。
1月22日の国防総省への撮影準備依頼は、90分以内に撤回された
破片損傷評価チームなどから、Columbiaの左翼の画像を得たいという要求が複数の経路で出ました。1月22日朝、Wayne HaleがDepartment of Defense(米国防総省)の担当者へ軌道上のColumbiaを撮影する準備を求め、国防総省側は地上などの撮影設備を探し始めました。
しかし1月22日午前8時30分、NASAの国防総省連絡担当者が米戦略軍(USSTRATCOM)へ電話し、撮影要求を取り消しました。理由は、NASAが内部リソースで対応でき、軍の支援は不要になったというものでした。
CAIBは、1月22日朝の国防総省への撮影準備依頼が、開始から撤回まで「within 90 minutes」、90分以内だったと記しています。
さらにCAIBは、STS-107の運用指揮系統には国家的な撮影能力を知るために必要なsecurity clearance(機密情報へのアクセス資格)を持つ人がおらず、画像品質や取得難易度、費用を調べた証拠も見つからなかったとしています。
そのため、Mission Management Teamのメンバーは撮影能力について「little or no knowledge(ほとんど、またはまったく知識がない)」状態で重要な判断をしていた、とCAIBは評価しました。
「間違っていて、無責任と言ってよい一歩手前」と書いたメールを、送らずに印刷した
撮影要求がシャトル計画の管理部門によって止められたと知ったRodney Rochaは、Paul Shackへ電話し、Shackの上司である技術部門長Frank Benzが要求を知っているか尋ねました。その後、Rochaは問題点を並べたメールを書きました。
メールでは、外部の撮影支援を求めないという回答を、自分の技術的見解では「wrong (and bordering on irresponsible)」と表現しています。
Rochaはこのメールを送信せず、代わりに印刷して同僚へ見せました。
CAIBが、なぜ送らなかったのかと尋ねると、Rochaは指揮命令系統を飛び越えたくなかったと説明しました。すでにShackへ撮影の必要性を伝えていたため、その判断に任せることにしたとしています。
会議ではデブリ衝突を話した。しかし、署名済みの公式議事録には一言も残らなかった
1月24日のMission Management Teamでは、フォーム衝突による損傷解析が実際に議論されました。タイル損傷の可能性や、burn-through(熱が防護材を貫通すること)がないという見方などについて、Don McCormackとLinda Hamのやり取りも記録されています。
ところが、その後に作成・配布された公式記録は別でした。
承認・署名された1月24日の公式議事録には、デブリ衝突への言及がありませんでした。
CAIBは、その会議に参加せず、重要事項を議事録で確認していた人なら、そこで行われたデブリ衝突の議論について何も知ることができなかったと指摘しています。
「640倍」という重要情報は、PowerPointの一番下に置かれていた
CAIBは、破片損傷評価チームの解析が上層部へ伝わる際に使われたPowerPoint資料の情報設計も取り上げました。情報デザイン研究者Edward Tufteによる分析を引用し、11の短い文に6段階の階層を付けたことで、重要な情報が見えにくくなったとしています。
「Columbiaに衝突した破片のある推定値が、解析モデルの校正に使ったデータより640倍大きい」という情報は、スライドの一番下に置かれていました。
CAIBは、上層部へ情報が伝わるにつれて説明や根拠が削られ、このスライドだけを読んだ管理職が生命に関わる状況を扱っていると気づきにくくなると指摘しました。
さらに調査中、NASA側から技術報告書の代わりに同じようなpresentation slidesを何度も受け取ったことにCAIBは驚いたと記し、PowerPoint briefing slidesをtechnical papersの代わりに常用すること自体を、NASAの技術コミュニケーション上の問題の一例としています。

報告書が指摘した背景
CAIBは、Columbia事故を単にフォームが翼へ当たった事故として整理していません。報告書は、物理的な原因と同じくらい、組織的な原因にも重みを置いています。
その中には、以前から起きていたフォーム脱落が次第に安全上の異常として扱われにくくなったこと、Space ShuttleとSpace Stationの複雑なスケジュール、技術者と管理側の間で情報が薄まったこと、正式な要求や指揮命令系統を重視するあまり懸念が上まで届きにくかったこと、安全部門が独立した強い声になっていなかったことなどが含まれます。
一方、CAIBは「スケジュールが事故を起こした」と単純に結論づけてはいません。強いスケジュール圧力だけでなく、過去の成功体験、リスクの受け止め方、組織構造、技術コミュニケーション、意思決定のあり方が重なった問題として分析しています。
この記事の訂正
STS-112はColumbiaの直前ではなく2便前と訂正し、月次資料のschedule marginは締切までの残り日数ではなく余裕日数としました。フォームの脱落81.7秒と衝突81.9秒を区別し、Craterのタイル損傷モデルとRCC向けの別アルゴリズムを明確にしました。「90分以内」は1月22日朝の国防総省への撮影準備依頼の開始から撤回までを指します。副題の「無責任すれすれ」はメール自体ではなく判断に向けた言葉と明確にし、電話での質問内容も訂正しました。メール記録・関係者証言・委員会評価の区分を整理し、資料の図、メール、撮影準備、議事録の参照ページも補いました。
