何があった?
Bernard Madoffは長年、顧客資金を実際には説明どおり運用せず、新しい資金を既存顧客への支払いに回す大規模なポンジ・スキームを続けていました。2008年12月11日、米証券取引委員会(SEC: U.S. Securities and Exchange Commission)はMadoffを証券詐欺で提訴し、その後Madoffは有罪を認め、2009年6月に禁錮150年を言い渡されました。
問題発覚後、SECの監察総監室(OIG: Office of Inspector General)は、過去にSECへ寄せられた情報や、SEC自身が行った複数の検査・調査で、なぜ詐欺を見抜けなかったのかを調査しました。本記事は、表紙に2009年8月31日と記されたOIG調査報告書の公開版(Public Version)を使っています。
この記事ではMadoffの詐欺手口そのものではなく、SECが実際にどこまで近づき、どんな情報を得て、どこで確認を止めたのかを、報告書に残るメール、照会回答、証言、内部文書から見ます。
この報告書で気になった12か所
477ページある報告書には、「監督不足」という一言では見えない具体的な場面が大量に残っています。11か月後に「Deady(事実上止まっている、というくだけた表現)」と呼ばれた検査、互いの存在をMadoff本人から知らされた2つのSECチーム、Barclaysから届いた「取引なし」、担当者への昇進推薦などです。
本記事の日本語は、英語で公表された原報告書をもとにした報告書の付箋による翻訳・要約であり、SECによる公式日本語訳ではありません。ページ番号は原報告書に印字されたページです。
11か月ほぼ動いていなかったMadoff検査。内部メールでは「Deady(事実上止まっている)」と呼ばれていた
2004年、SEC本部の検査チームはMadoffについて複数の未解決事項を残したまま、別の優先案件へ人員を移しました。報告書によると、その後Madoff検査に使われた作業時間は合計で約1日半でした。
それから約11か月後の2005年3月、Eric SwansonがMark Donohueへ、Madoffの「hedge fund thingy(あのヘッジファンドの件みたいなやつ)」はどうなっているのかとメールで尋ねました。
返事は「Deady(事実上止まっている)。実質的な問題は何も見つからなかった」でした。
「Deady」は一般的な正式表現ではなく、deadをもじったくだけた言い方です。この言葉を使った担当者は後にOIGへ、「次に何をすればよいか分からなかった」「その時点ではあまり作業が行われていなかった」という趣旨だったと説明しています。
Madoffを調べていた米証券取引委員会の2チーム。『もう一方も調べている』と教えたのはMadoff本人だった
SEC本部のコンプライアンス検査部門(OCIE: Office of Compliance Inspections and Examinations)と、ニューヨークにあった北東地域事務所(NERO: Northeast Regional Office)は、それぞれMadoffの検査を進めていました。
ところが本部側は検査を内部の追跡システムに登録しておらず、ニューヨーク側は、ほぼ同じ問題について本部も検査していることを知りませんでした。報告書には、同じ対象を同時に調べるなら双方が把握しているべきだった、という当時のOCIE責任者の説明も掲載されています。
この2つのSECチームが並行してMadoffを検査していると知るきっかけになったのは、SEC内部の連絡ではなくMadoff本人でした。
OIGはこの節そのものを「OCIEとNEROは、並行して行っていた検査のことをMadoffから知った」と題しています。
Madoffは次期SEC委員長を正式発表の数週間前に言い当て、自分も「候補者リストにいた」と話した
ニューヨークの検査官は、Madoffが検査中にSEC上層部の名前を繰り返し出し、自分の業界での立場や人脈を強調していたとOIGへ説明しています。
検査官William Ostrowによると、MadoffはChristopher Coxが次期SEC委員長になることを正式発表の数週間前に話しました。検査官らはその情報を知っていたことに驚き、Ostrowは、Madoffには自分たちを感心させ、威圧する意図もあったと受け取っています。
さらにMadoffは、自分自身もSEC委員長の「short list(最終候補リスト)」に入っていたと話していました。
2005年6月1日のLamoreのメールは、その発言を、以前Donaldson氏が委員長に選ばれた時の候補リストについての話として記録しています。Madoffが実際に候補だったとOIGが確認したという意味ではありません。
別のSECチームとの情報交換でも、Madoffは「powerful and well-connected(有力で人脈が広い)」人物だという話が出た、とニューヨーク側の検査官らは記憶しています。これは関係者の証言として報告書に記録された内容です。
Madoffの取引を確かめるためBarclaysに照会。『取引なし』と返ってきたのに、英国側へ確認せず、検査官は回答書を見た記憶がなかった
2005年の検査で、SECはMadoffの取引を確認するためBarclays Capitalへ照会しました。
Barclaysの回答では、Madoffの口座は2005年2月に開設されていましたが、SECが尋ねた3月1日から31日の期間について、米国側口座に「no relevant transaction activity(関連する取引活動なし)」と書かれていました。一方、英国関連会社にはMadoff関連の取引関係があるとも説明されていました。
担当管理職はこの「取引なし」を重大な警告とは捉えず、検査官2人は後に、回答書を見た記憶も、管理職から共有された記憶もないと証言しました。
管理職は、Madoffは海外のブローカーを使ったのだろうと推測し、英国側へ追加確認しませんでした。OIGが起用した専門家チームは、これは重大なred flag(警告サイン)として英国側へ確認すべきだったと評価しています。
上司から『肝心な目標から目を離すな』。担当検査官は後に『その目標が何だったのか分からない』
検査官らは、Madoffが投資顧問として登録すべきではないか、ロンドン拠点の扱いはどうなっているのか、といった未解決事項を上司へ報告しました。
しかし上司は、それらを脇へ置き、当初の焦点だったfront-running――顧客注文を利用した先回り取引――の確認へ集中するようメールで指示しました。
投資顧問としての登録やロンドン拠点の扱いは、まだ未解決でした。それでも検査はfront-runningの確認に戻され、それ以外の疑問は後回しになりました。
メールには「Be sure to keep your eyes on the prize.(肝心な目標から目を離すな)」。検査官William Ostrowは後に、その目標が何だったのか分からなかったという趣旨を証言しています。
上司はOIGに、ここでいう「prize(目標)」はfront-running(顧客注文を利用した先回り取引)の問題を意味していたと説明しました。
詐欺を発見できずに終わったMadoff検査。その検査での仕事が、昇進推薦の理由の一つになった
この2005年のMadoff検査は、ポンジ・スキームを発見できないまま終了しました。
その検査に参加したSEC職員Peter Lamoreについて、2006年9月、上司2人がそれぞれ昇進推薦を書きました。
どちらの推薦でも、Madoff検査での仕事が理由の一部として具体的に挙げられていました。推薦文は、Madoffが当初SECへ明らかにしていなかった事業部門から大きな収益を得ていることをLamoreが見つけ、それによって検査の焦点が当たったことなどを評価しています。
Lamoreは2006年11月12日付でStaff Accountant(会計担当職)へ昇進しました。
OIGはこの節に「Lamore is Promoted, In Part, Based on The Madoff Examination(Lamoreは、Madoff検査を理由の一部として昇進)」という見出しを付けています。昇進理由がMadoff検査だけだったという意味ではありません。
『世界最大のヘッジファンドは詐欺だ』と約30の警告サインが届いた。それでもニューヨーク側は情報の評価を下げた
2005年10月、金融専門家Harry Markopolosは、Madoffについて3度目の情報提供をSECへ行いました。
提出資料の題名は「The World’s Largest Hedge Fund is a Fraud(世界最大のヘッジファンドは詐欺だ)」。Madoffがポンジ・スキームを運営していることを示す約30のred flags(警告サイン)を挙げ、その可能性を「highly likely(極めて高い)」と表現していました。
red flagsには、運用成績が不自然なほど一貫していることや、Madoffが説明していたオプション取引量が現実的でないことなどが含まれていました。
それでも案件を受けたニューヨーク側では、MarkopolosがMadoffの投資家や内部者ではないことや、競争相手として利害があるのではないかという見方などから、情報の評価が低くなりました。
一方、ボストン側のSEC職員はMarkopolosを信用できる情報提供者と見ており、調査に値する内容だと考えていました。
ただし、提出資料には、ポンジ・スキームだった場合は報奨金の対象にならないとも記されていました。
Madoff聴取の2日前、オプション専門家は米証券取引委員会の質問を『ごく初歩的』と感じ、『もう少し宿題を』と助言した
2006年5月17日、Madoff本人から証言を取る2日前、SEC担当者はオプション取引について、全米証券業協会(NASD: National Association of Securities Dealers)の専門家Gene DeMaioへ電話で相談しました。
DeMaioはOIGに、SECから受けたのは「extremely basic questions(ごく初歩的な質問)」だったと説明しています。通話が終わるころには、担当者はまだMadoffから証言を取れるほどオプションを理解していないと感じたといいます。
DeMaioは「もう少し宿題をしてからMadoffと話す必要がある」と伝えましたが、SEC側は予定どおり聴取すると答え、2日後に実施しました。
DeMaioは、電話を切った後、同席した同僚と首を振りながら、いくつかの取引戦略はSEC担当者には難しすぎるようだと話したとも証言しています。追加支援も申し出ましたが、その後連絡はありませんでした。
Madoffは「月曜に証券決済機関DTCへ電話されたら終わり」と思った。SECはその取引記録を確認しなかった
2006年5月の証言聴取で、SECはMadoffに、顧客向けの証券が証券の決済・保管を担うDepository Trust Company(DTC)にあるのか、口座番号は何かと質問しました。Madoffは口座番号「646」と答えています。
Madoffは詐欺発覚後のOIGの聞き取りで、この質問を受けた時点で捕まったと思ったと説明しました。
Madoffは「end game, over(これで終わりだ)。月曜の朝にDTCへ電話されたら、これで終わりだ」と思ったのに、「it never happened(それは起きなかった)」と振り返っています。
SEC担当者はその後DTCへ連絡したものの、Madoffが説明した取引そのものをDTC記録で検証しませんでした。担当者の一人はOIGに、証言後にDTC記録を取っていれば、詐欺を発見していた可能性が高いと認めています。OIGによれば、詐欺発覚後にはDTCへの確認で、説明されていた取引が存在しないことを短期間で確認できました。
米証券取引委員会は投資家の金がどこへ動いたかを追わず、Madoffに銀行記録も求めていなかった
ポンジ・スキームを確認する基本的な方法の一つは、投資家から入った資金が、本当に説明された取引先へ動いているかを銀行記録で追うことです。
OIGによると、2005〜2006年のSEC執行部門(Enforcement)による調査で、担当者はMadoffに対し、顧客資金で株式やオプションを購入したことを示す銀行記録を求めていませんでした。証言聴取でも、資金を扱う銀行口座の場所やbank statement(銀行取引明細)を尋ねていません。
担当者SuhはOIGに、銀行記録を取るという話は「never raised, never suggested(話題にも上がらず、提案もされなかった)」と証言しました。
OIGから、もし銀行記録に取引相手への送金がないと分かっていたらポンジ・スキームの決定的な証拠になったかと尋ねられると、同じ担当者は「of course(もちろん)」と答えています。
米証券取引委員会がMadoffを検査して何も見つけなかったことが、逆にMadoffの信用材料になった
Madoffを疑っていたのはSECへの情報提供者だけではありません。投資会社Renaissance Technologiesの社員らも、公開情報から取引を分析し、Madoffの説明に複数の疑問を持っていました。
それでもRenaissanceは、すぐには関連投資を全額引き揚げませんでした。運用担当者は、その理由の一つとして、SECがMadoffを調べて「clean bill of health(問題なしのお墨付き)」を与えたと理解していたことを挙げています。
OIGは、SECが詐欺を発見できなかったことが、結果としてMadoffへの追加投資を促す効果まで持ったと整理しています。
Madoff本人もOIGに、潜在的な投資家へSECによる検査や調査を話すことで、自分の事業の信用を高めていたと認めています。
Madoff検査に関わったSEC職員は後にMadoffの姪と結婚。OIGは「検査に影響した証拠はない」と結論
SEC職員Eric Swansonは、2003年末から始まったMadoffの検査に関与していました。その後、Madoffの姪Shana Madoffとの交際が始まり、2006年12月に婚約、2007年9月に結婚しました。
この関係についてOIGは、メールや関係者の証言などを調べています。
OIGは、2人の恋愛関係が始まったのは当該検査の終了から約1年後で、恋愛関係がSECのMadoff検査に影響した証拠は見つからなかった、と結論づけました。
一方で、Swansonは検査に関わっていた時期にもShanaと連絡を取り、彼女が運営に関わる業界イベントへ参加していました。OIGは、そのこと自体は「appearance of a potential conflict of interest(利益相反があるように見える状況)」を生んだと指摘しています。ただし、SwansonがSEC在籍中に検査・調査情報をShanaへ渡した証拠も見つからなかったと明記しています。
報告書が指摘した背景
OIGは、具体的な情報提供をもとに行われた5件の検査・調査で、Madoffの詐欺を見抜く機会が繰り返しあったとしています。一方、通常のマーケットメイク業務を対象とした定例検査など、すべての検査で詐欺を発見できたはずだと評価しているわけではありません(456ページ)。
報告書が繰り返し指摘するのは、Madoff本人から得た資料や説明への依存、検査・調査の焦点の狭さ、担当者の経験不足、SEC内部の情報共有不足、そして見つかった矛盾やred flags(警告サイン)を最後まで追わなかったことです。OIGが起用した専門家チームも、2005年のNERO検査について、適切な人員配置と基本的な第三者確認が行われていれば、詐欺を発見できたはずだと評価しています(229〜235ページ)。
この記事では、OIGが記録した事実、関係者の証言、OIG自身の評価を区別し、MadoffやSEC職員の内心については本人・関係者の説明を事実認定として扱わないようにしています。
この記事の訂正
検査官名をWilliam Ostrow、当時のNEROを北東地域事務所と訂正しました。Deadyメールの送り手と受け手を明確にし、委員長の候補リストは以前のDonaldson氏の選任時の話と区分しました。Ostrowの証言は原典の誤記を黙って直した直接引用から要旨へ変更し、Barclays回答書を見た記憶がないという範囲を保持しました。DTCへ連絡しなかったのではなく取引記録を検証しなかったと明確化し、銀行記録の説明を2005〜2006年の調査に限定しました。告発への評価、取引照会、信用向上というOIG認定などの参照ページを補い、定例検査まで一律に詐欺発見の機会としないよう整理しました。
