何があった?

オーストラリア最大手銀行Commonwealth Bank of Australia(CBA)では、金融助言、融資、保険、マネーロンダリング対策などをめぐる問題が相次ぎ、銀行の評判と社会的信頼が大きく損なわれました。

オーストラリア健全性規制庁(APRA)は2017年8月、個別不祥事そのものではなく、そうした問題を生み、長引かせたガバナンス、企業文化、説明責任の仕組みを調べるPrudential Inquiryを設置しました。

2018年4月の最終報告書は、CBAの継続的な財務的成功が組織の感覚を鈍らせ、特に非財務リスクへの対応で「chronic ease(慢性的な安楽さ)」が広がっていたと整理しています。この記事では、その抽象的な総括よりも、監査報告、苦情処理、規制当局対応、責任分担などに残った具体的な運用を紹介します。

この報告書で気になった11か所

ページ番号は、APRA最終報告書の印字ページです。

苦情データは、どの段階で活用されなかったか

苦情を集めること、共通の問題を探すこと、経営へ報告することを分けて整理します。3.4%は苦情の処理・解決率ではありません。また、2015年の分析対象割合と2017年の人員数は同一時点の数字ではありません。

表は横にスクロールできます。

報告書の記述を当サイトが整理。ページは原文の紙面番号です。
段階・時点報告書が記録する状態詳しい付箋・原文ページ
データの活用:2015年7月の取締役会資料全苦情の3.4%をシステム上の問題の分析対象としてレビュー。他のデータとの連結も一般には行わず。付箋07 · p.45
分析の担当:2017年7月の経営会議資料苦情からシステム上の問題を特定する担当はフルタイム換算1人。付箋08 · p.45
分析体制の変更:報告書作成時点責任をCustomer Advocateへ移し、この役割のチームは5.5 FTEへ。付箋08 · p.45
経営会議への報告:調査時点新たな問題は毎月2件を選定。選定過程の頑健さや重大な個別苦情の能動的な報告に課題。付箋06 · p.44
取締役会への報告:調査で確認した資料顧客満足度の順位は報告される一方、苦情の分析やシステム上のリスクの検討は見当たらず。付箋05 · p.43–44
付箋 01

監査委員会は自らを「light hand on the tiller」と表現。Red監査報告書も通常は受け取っていなかった

取締役会監査委員会(BAC)は、重大な統制上の問題を示す「Red」監査報告について、十分な厳格さと緊急性を持って経営陣へ対応を求めていなかったと調査パネルは評価しました。

BAC自身は従来の姿勢を「light hand on the tiller(舵に軽く手を添える)」と表現していました。

委員はRed監査報告書の原本を通常は受け取らず、自ら求めることもほとんどなく、内部監査が作成した要約に依存していました。2017年には運用が変更され、取締役へRed報告書などを直接配布するようになっています。

委員会の指摘確認された事実
付箋 02

AML/CTFでは2013年、2015年、2016年と3回のRed監査。以前の問題が残り続けた

マネーロンダリング・テロ資金供与対策(AML/CTF)では、2013年、2015年、2016年に計3回のRed監査報告が出ていました。

2015年の監査では、2013年に指摘した問題が、グループ全体のAML/CTFプロセスの所有者が不明確だったため進展していないとされました。

2016年の3回目のRed監査でも、2013年と2015年に指摘された重大な問題の一部が、未解決、再対応中、または未着手のまま残っていました。

確認された事実委員会の指摘
付箋 03

「解決済み」にした監査事項の12%でリスクが残存。AML改善5項目のうち4項目も同様だった

内部監査が、事業部門によって「解決済み」とされた監査事項を検証したところ、2016年前半には12%が、リスクを完全には軽減しないままクローズされていました。

2014年12月のAML統制改善については、5つの問題のうち4つが、リスクを完全に解消しないままクローズされていました。

同じページでは、未解決のVery HighまたはHigh監査事項の39%が2年以上残っていたことも示されています。

確認された事実
付箋 04

同じ問題を直すプロジェクトが次々生まれ、「常に前進しているように見える」ことがあった

調査パネルは、CBA内部にリスク対応プロジェクトを実行する能力が弱いという認識があったと記しています。

問題解決の試みが途中で失敗し、同じ問題を直す新しいプロジェクトに吸収されることもありました。

パネルは、この「プロジェクトを作り続ける循環」が、「constant progress(常に前進している)」という誤った印象を与えうると指摘しました。

委員会の指摘
付箋 05

取締役会には顧客苦情の分析がなく、一方で「他行より何位か」という顧客満足度は報告されていた

調査パネルが確認した取締役会資料には、顧客苦情の件数・内容の分析や、苦情から見えるシステム上の問題についての議論がありませんでした。

一方、CBAは顧客満足度で主要4行の中の順位を重視し、2015年7月以降は首位を維持していることを取締役会へ報告していました。

報告書は、取締役会への説明が「他行と比べた顧客満足度の順位」を強調する一方、深刻な苦情を強調していなかったと指摘しています。

委員会の指摘確認された事実
付箋 06

経営会議へ上がる苦情由来の「top issues」は毎月2件だけ。選び方の頑健な手続きもなかった

Executive Committee(経営会議)は、顧客苦情から浮上した「top」の問題について一部の報告を受けていました。

しかし、経営会議で扱われるのは毎月2件だけでした。

しかも報告書によれば、その2件をどのように選ぶかについて、頑健な選定プロセスは整備されていませんでした。

重大な個別苦情から生じるリスクを、経営会議へ能動的にエスカレーションする仕組みもなかったとされています。

確認された事実
付箋 07

顧客苦情のうち、システム上の問題を探すために見ていたのは3.4%だった

CBAには大量の顧客苦情データがありましたが、システム上の問題を発見するために十分活用されていませんでした。

2015年7月の取締役会資料では、全苦情のうち、システム上の問題を探す目的でレビューされていたのは3.4%でした。

内部監査は、この3.4%という運用では、システム上の重大な問題を見落とす可能性があると評価していました。

苦情データは、システム問題を探すために他のデータ源と結び付けることも一般的には行われていませんでした。

確認された事実
付箋 08

2017年でも、全社の苦情からシステム問題を探す担当はフルタイム換算1人だった

2017年7月のExecutive Committee資料では、顧客苦情からシステム上の問題を特定する担当者は、フルタイム換算で1人しかいないと記されていました。

根本原因分析の能力も未成熟で、その背景として、明確なガバナンスの欠如、手作業、根本原因の解決につながる従業員インセンティブの不足が挙げられています。

その後、責任はCustomer Advocateへ移され、報告書作成時点では5.5 FTEのチームへ増員されていました。

確認された事実
付箋 09

規制当局から問われると「なぜ法的に義務なのか」を先に求めることがあった

APRA、ASIC、AUSTRACなどの規制当局は、CBAの対応を防御的で、ときに形式的だと捉えていました。

調査パネルは、CBAが挑戦を受けた際の「default response(標準的な反応)」が、法律論中心で防御的だったという証言を得ています。

行動する前に、「なぜそれを法的に行う義務があるのか」を説明するよう求めた事例もあったと報告されています。

パネルは、厳格な法解釈が、リスクや顧客への結果より優先されたように見えたと整理しています。

委員会の指摘関係者の説明
付箋 10

根本原因分析は「複雑すぎて誰も責任を負えない」。上位委員会はその説明を認めないと決めた

あるプロジェクトの根本原因分析では、プロセス全体が複雑で、長年のレガシーも積み重なっているため、特定の1人や1チームに責任を負わせることはできない、という結論が出ました。

しかしGroup Risk and Remuneration Review Committee(RRRC)は、その考え方を問題視しました。

RRRCは、「complexity(複雑さ)」を責任不在の説明として今後は認めないと決めました。

多くの重要プロセスが複雑である以上、この説明を認めれば、多くのリスク事項で結局「誰も責任を負わない」ことになるためです。

確認された事実委員会の指摘
付箋 11

経営陣の約80%が「good intent」に言及。「99.95%の時間、意図は正しい」という声もあった

CBAは価値観を重視する企業を目指していましたが、調査パネルは「good intent(善意)」への過度な依存が、リスク管理上の盲点を作ったと分析しました。

Executive Committeeへのインタビューでは、約80%の上級幹部がgood intentに言及しました。フォーカスグループでは「99.95%の時間、意図は正しい」という発言もありました。

別の参加者からは、悪意がなければミスは許される、全員にgood intentがあれば罰せられない、という趣旨の説明も出ていました。

パネルは、善意に焦点を当てすぎると、能力、結果、プロセスやシステムの弱点への注意が薄れると指摘しています。

委員会の指摘関係者の説明

報告書が指摘した背景

調査パネルは、CBAで起きた問題を、個々の担当者の不正や単一の失敗だけでは説明していません。取締役会の監督、非財務リスクの所有、問題の発見とエスカレーション、複雑な意思決定、リスク管理・コンプライアンス機能、報酬制度、企業文化が相互に作用したと整理しています。

特に、長期にわたる財務的成功が警戒感を弱め、「chronic unease(慢性的な不安・警戒)」ではなく「chronic ease(慢性的な安楽さ)」を生んだことを大きなテーマとしています。

一方、報告書は、CBAが調査前後に監査委員会の運用、苦情分析、人員配置、リスク管理など複数の改善策をすでに開始していたことも明記しています。この記事では、問題発生時の運用と、その後の改善を混同しないように区別しています。

この記事の訂正

  • 紙面ページより1ページ前を開いていたPDFリンクを修正しました。例えば紙面p.45はPDFの46ページ目に当たります。本文の数値の変更はありません。

サイト全体の訂正履歴

この記事の編集について各付箋は原文のページに紐付けています。関係者の説明と、調査委員会が確認・評価した内容をできる限り分けて記載しています。記事は原則として、この報告書に記載された内容を対象にしています。