何があった?

2012年、JPMorgan ChaseのChief Investment Office(CIO)がロンドン拠点で運用していたSynthetic Credit Portfolio(SCP)が、巨大なクレジット・デリバティブ取引で少なくとも62億ドルの損失を出しました。市場で巨大なポジションを持ったトレーダーが「London Whale(ロンドン鯨)」と呼ばれたことから、一連の取引もその名で知られています。

米上院の常設調査小委員会は9か月にわたり調査し、約9万件の文書、200件を超える録音通話・インスタントメッセージ、銀行・規制当局関係者への25件超のインタビュー、25件超のブリーフィングなどを検討しました。

この記事では、巨額損失そのものよりも、損失が膨らむ最中の追加取引、トレーダー同士の会話、リスクモデルの扱い、広報案の修正、監督当局の対応など、報告書に残った具体的な運用を中心に紹介します。

この報告書で気になった11か所

ページ番号は、米上院報告書本文の印字ページです。PDF全体は307ページで、本文の印字ページはp.301まであります。本文p.1はPDFの7ページ目に当たります。

付箋 01

損失が出る中で400億ドル分を追加。OCCは後に「doubling down(負けている戦略にさらに賭け増す)」と呼んだ

2012年3月、SCPはすでに損失を抱えていましたが、CIOはさらに巨額のロング・ポジションを積み増しました。

IG17で80億ドル、IG18で140億ドル、iTraxxで180億ドル。数週間で合計400億ドルの想定元本が追加されました。

OCCは後に、この3月の追加取引を、失敗していた戦略への「doubling down(負けている戦略にさらに賭け増すこと)」と表現しました。

報告書によると、Bruno Iksilは新しい指数を使った理由の一つとして、ほかの市場参加者から「less noticeable(目立ちにくい)」ことを挙げていました。

確認された事実委員会の指摘
付箋 02

責任者は「put phones down」。3月23日にトレーダーへ取引停止を命じた

3月23日、CIO責任者のIna Drewは、SCPのトレーダーに取引を止めるよう命じました。

報告書に残る命令の表現は、「put phones down(電話を置け)」でした。

この時点で取引は止まりましたが、ポートフォリオの評価を有利な価格へ寄せる問題は、その後も続いたと報告書は記しています。

確認された事実
付箋 03

ロンドン責任者は「チームへの信頼を失った」「crisis mode」と最高リスク責任者へ送った

取引停止から1週間後の3月30日、ロンドン拠点責任者Achilles Macrisは、銀行のChief Risk Officerへ支援を求めるメールを送りました。

Macrisは「チームへの信頼を失った」と書き、SCPについて「clearly, we are in crisis mode on this(明らかに、これは危機対応モードだ)」と伝えました。

報告書によれば、その頃までにSCPでは複数の主要リスク限度がすでに破られていました。

確認された事実
付箋 04

トレーダー自身が「idiotic(馬鹿げている)」「more and more monstrous(ますます怪物じみている)」。別表では未報告損失が4億ドルを超えていた

3月16日の録音通話で、Bruno Iksilは上司がどこで評価調整を止めたいのか分からないと話し、状況を「idiotic(馬鹿げている)」と表現しました。

さらに、ポートフォリオについて「more and more monstrous(ますます怪物じみている)」と述べています。

同じ時期、Julien Groutが作った別管理の表では、中間価格で評価した場合の未報告損失が4億3,200万〜4億9,800万ドルに達していました。

報告書は、こうした発言から、トレーダー自身も日々付けていた評価価格に不安を持っていたとしています。

確認された事実
付箋 05

3〜6億ドルの損失を見積もった日、社内報告は1,250万ドルだった

取引を停止した3月23日、IksilはSCPの日次損失について、「最も有利な」価格を使っても約3億ドル、中間価格なら約6億ドルになると上司へ知らせました。

それでも、その日のSCPが銀行内部で最終的に報告した日次損失は約1,250万ドルでした。

報告書は、この差をSCPの評価価格の問題を示す事例の一つとして扱っています。

確認された事実
付箋 06

最初は600万ドル、90分後に3億9,500万ドル。日次損失見込みが60倍超に変わった

報道で「London Whale」が表面化した後、最初の取引日となった4月10日。最初に送られたSCPの日次P&L予測は、約600万ドルの損失でした。

その後、評価をめぐってトレーダー間で対立が起きました。

90分足らずで2通目のP&L予測が送られ、損失見込みは約3億9,500万ドルへ変更されました。最初の見込みの60倍超でした。

銀行内部で最終的に記録された同日の損失は4億1,500万ドルでした。

確認された事実
付箋 07

4か月でリスク限度・警告を330回超突破。CS01は1,000%以上超過した

報告書は、VaR、CS01、CSW10%、ストレス損失、ストップロスという5つの主要指標・限度を挙げています。

2012年1月から4月末までに、CIOのリスク限度や警告は330回以上破られました。

CS01は1月に限度を100%超過し、2月初めには270%、4月中旬には1,000%以上の超過に達しました。

小委員会は、多くの違反が詳細な調査や即時のリスク削減につながらず、限度引き上げなどで解消されたと整理しています。

委員会の指摘確認された事実
付箋 08

年間63億ドル損失のリスク計算が出ると、担当者は「garbage(使い物にならない)」と呼んだ

Comprehensive Risk Measure(CRM)は、ストレス下で1年間に生じうる損失を測るリスク指標でした。

2012年2月末、SCPのCRMは年間損失が63億ドルに達しうるという結果を出しました。

CIOのリスク担当者は、その計算結果を「difficult for us to imagine(私たちには想像しがたい)」「garbage(使い物にならない)」と退けました。

本人は後に、「garbage(使い物にならない)」は損失額が大きいこと自体ではなく、計算結果を信頼できないと考えたという意味だったと小委員会へ説明しています。実際のSCP損失は最終的に少なくとも62億ドルとなりました。

確認された事実関係者の説明
付箋 09

新VaRモデルでリスク値が50%低下。後に手作業・未承認部分・計算エラーが判明した

2012年1月30日、CIOは新しいVaRモデルの利用承認を得ました。

新モデルを使うと、CIOのVaRは1億3,200万ドルから6,600万ドルへ、その場で50%低下しました。

JPMorgan Chaseは小委員会に対し、モデル変更はトレーダーへ追加のリスク余地を与える目的ではなかったと説明しています。

しかし後の調査では、主要データを毎日手作業で投入する必要があったこと、未承認・未検証のモデル要素が含まれていたこと、ハザード率や相関推計の計算エラーがあったことなどが判明しました。OCCの担当者は実装を「shocking(衝撃的)」「absolutely unacceptable(到底容認できない)」と評し、銀行は4か月後に旧モデルへ戻しました。

確認された事実会社の説明
付箋 10

広報案の「fully aware(完全に把握している)」から「fully」を削除。CEOは改訂案に「Ok」と返した

4月5日、BloombergとWall Street JournalがSCPについて報じる直前、JPMorgan Chaseの広報責任者は経営陣へ対外説明案を送りました。

そこでは、CIOの活動はヘッジ目的であり、規制当局も活動を「fully aware(完全に把握している)」と強く説明したいとしていました。

その日のうちに、経営陣からのコメントを受けて説明案が改訂されました。

「規制当局は当社のヘッジ活動を fully aware(完全に把握している)」という文から「fully」が削られ、Jamie Dimonは改訂案に「Ok」と返信しました。

小委員会は、この修正を、当初のヘッジ性と規制当局への透明性に関する説明が完全には正確でないことを銀行側が認識していたことを示すものと評価しています。

確認された事実委員会の指摘
付箋 11

OCCは報道で初めて問題の大きさを知り、4月末にはいったん案件終了と考えた

銀行は2012年1月以降、複数のリスク限度違反を含む通常のリスク報告をOCCへ送り続けていました。

しかし小委員会は、OCCが受領時にそれらを検討し、違反データを分析し、原因となった取引について質問した証拠を確認できなかったとしています。

4月6日の報道でJPMorgan Chaseの取引が表面化すると、OCCは銀行へ照会しました。

OCCは、当初受け取った情報が限定的で、銀行から強い安心材料も示されたため、4月末にはいったんこの問題を「closed」と考えていました。

OCCがSCPを取り巻く深刻な問題を把握したのは、銀行が約20億ドルの損失を公表する直前の5月だったと報告書は記しています。

委員会の指摘確認された事実

報告書が指摘した背景

上院小委員会は、London Whale問題を単独のトレーダーの失敗としてではなく、SCPの急拡大、評価価格の運用、リスク限度への対応、リスクモデル、経営への報告、OCCによる監督、投資家・規制当局・公衆への説明が重なった事例として整理しています。

報告書は、2012年第1四半期にSCPが510億ドルから1,570億ドルへ約3倍に膨らみ、最終的に少なくとも62億ドルの損失を出したとしています。一方、この記事ではその有名な損失額よりも、録音通話、メール、リスク報告、モデル変更などに残った具体的な運用を選びました。

この記事の訂正

  • 報告書の総ページ数を300からPDF全体の307ページに訂正しました。本文の印字ページはp.301まであり、本文p.1はPDFの7ページ目に当たります。本文中の参照ページとPDFリンクの対応に変更はありません。

サイト全体の訂正履歴

この記事の編集について各付箋は原文のページに紐付けています。関係者の説明と、調査委員会が確認・評価した内容をできる限り分けて記載しています。記事は原則として、この報告書に記載された内容を対象にしています。