何があった?
ゼネラル・モーターズ(General Motors、以下GM)のシボレー・コバルトなどに使われたイグニッションスイッチには、走行中にキーがRun(走行)位置からAccessory(電装品用)やOff(停止)へ動き得る問題がありました。エンジンが停止するだけでなく、キーの位置によっては衝突時にエアバッグが作動しない可能性もありました。GMは2014年に対象車のリコールを開始しました。
GM取締役会は、元連邦検事アントン・R・バルカス(Anton R. Valukas)らに内部調査を依頼しました。2014年5月29日付の報告書は、230人を超える関係者への350回を超えるインタビューと、4,100万件を超える文書の収集をもとに、開発からリコールまでの経緯を検証しています。
背景情報:ゼネラルモーターズ(Wikipedia)
この報告書で気になった12か所
ディーラー向けの文書から「エンスト」という言葉が外され、キーの異常を指摘した警察の事故報告書は社内の調査担当者に伝わりませんでした。いっぽう、廃車置場での調査では測定器がなく、技術者が釣具店ではかりを購入する場面もあります。社内メールや弁護士のやり取りを含め、問題が解決されるまでの12の場面を原文ページ付きで紹介します。
以下の日本語は英語原文をもとにした報告書の付箋による翻訳・要約で、公式日本語訳ではありません。一次資料は米運輸省道路交通安全局(NHTSA: National Highway Traffic Safety Administration)が公開する英語原文です。以下は本文の印字ページ番号で、PDFは全325ページ、本文は1〜315ページです。
担当技術者は「この地獄のスイッチにはうんざり」とメールに署名した
2002年初め、供給元デルファイ(Delphi)によるイグニッションスイッチの試験では、RunからAccessoryへ回すのに必要なトルクがGMの仕様を下回っていました。
担当技術者レイ・デジョルジオ(Ray DeGiorgio)は、電気的性能への影響を懸念して回転トルクを増やさない方針をDelphiへ伝えました。一方で、当時サターン・イオン向けだったスイッチをコバルトに使う前には、仕様に沿ってトルクを増やす改良が必要だとも伝えていました。そのメールの署名には、“tired of the switch from hell”(この地獄のスイッチにはうんざり)という言葉が添えられていました。
その後も試験結果には仕様未達が残りましたが、2002年5月3日、スイッチは量産部品の承認手続きを通じて出荷を承認されました。
報告書は、量産前にスイッチがトルク仕様を満たしていないことを知っていたGM関係者として、DeGiorgio以外を確認できなかったとしています。
「エンスト」は注意を引く言葉として扱われ、ディーラー向け文書から外された
2005年、GMはキーが意図せず動く問題について、ディーラー向けの技術サービス情報(Technical Service Bulletin)を作成しました。
文案を作ったSteven Oakleyは調査チームに、“stall”(エンスト)は安全問題やリコール、NHTSAの注意を連想させるため、社内で強く意識される言葉だったと説明しました。ほかの関係者も、サービス文書でこの語を使うことには慎重だったと述べています。
製品調査部門(Product Investigations)のレビュー後、文案に入っていたエンジン停止を示す表現は削除されました。
Oakleyはまた、安全問題として強く押すことに慎重だった理由として、前任者が同様の姿勢を取ったために職を外されたと自分は考えていた、と説明しています。ただし、報告書は、技術者との話し合いによってOakley自身も当初の安全上の懸念を和らげていたと記しています。
スイッチ内部を改良したが、部品番号は変えなかった
2006年、GMとDelphiはイグニッションスイッチ内部のキーの位置を保持するプランジャー(detent plunger)とばねを変更しました。より長いプランジャーと強いばねを使い、キーがRun位置から動くのに必要な力を増やす設計変更でした。
DeGiorgioは2006年4月、変更を量産へ反映することを承認しました。
しかし、内部設計を変更した後も、イグニッションスイッチの部品番号は同じままでした。
後の調査では、同じ部品番号であることが、旧型と新型の違いを見つける妨げになります。DeGiorgioは調査チームに、変更や部品番号を変えなかった判断を覚えていないと説明しました。
キーの異常とエアバッグ不作動を指摘した警察報告書。GMの担当者は7年間知らず
2006年、ウィスコンシン州でシボレー・コバルトが道路を外れて衝突し、前席のエアバッグが作動しない事故がありました。
州警察のKeith Youngは事故を調べ、衝突前にイグニッションスイッチがRunからAccessoryへ動いた可能性と、エアバッグが作動しなかったことを結びつけました。インディアナ大学の調査チームも、別に同様の可能性を指摘しました。
州警察の報告書は2007年2月にはGM法務部門側のファイルに入っていましたが、報告書によると、エアバッグ非作動案件を調べていたGMの弁護士や技術者は2014年の内部調査が始まるまでその存在を知りませんでした。
ウィスコンシン州警察の事故調査報告書(抜粋)
It appears the ignition switch had somehow been turned from the Run position to Accessory prior to the collision with the trees.報告書の付箋による訳木々との衝突前に、イグニッションスイッチが何らかの理由でRun(走行)位置からAccessory(電装品用)位置に動いていたように思われる。
社内メールは「この問題は、人類が海から這い上がった頃からある」と書いた
2009年2月18日、GMの技術者Joseph R. Mansonは、長く続くコバルトの問題について社内メールを書きました。
メールには「この問題は、人類が海から這い上がって二本足で立った頃からある」という趣旨の冗談が書かれていました。
当時の問題追跡票は、2004年と2005年に記録された問題の続きと見なされていました。報告書によると、この時点でも安全問題ではなく、顧客の利便性の問題として扱われていました。
技術者との会議を求めてから6か月。翌年になっても調査は進んでいなかった
2011年1月、GMの弁護士らは、コバルトのイグニッションスイッチについて技術者と会議を開くよう求めました。実際に会議が開かれたのは7月でした。
会議後に調査を割り当てられたBrian Stoufferは、上司から急ぐ案件だとは伝えられなかったと説明しました。報告書は、調査には期限も、行動を求める上司もいなかったと評価しています。
2012年初めの状況について、報告書は「調査はまったく進んでいなかった」と記しています。
新しい担当者は従来と同じデータを調べ、GMのファイルに何年も前からあった追加情報も得ていましたが、報告書は、ほかにはほとんど変化がなかったとしています。
廃車置場へ調査に行ったが測定器がなく、釣具店で魚用のはかりを買った
2012年3月28日、GMの技術者らはミシガン州デイビソンの廃車置場へ行きました。目的は、事故車の電装品を制御するボディー制御モジュールを取り出すことでした。
車を移動させているとき、一人の技術者がコバルトのキーを回し、異常に軽く動くことに気づきました。John Dolanの説明によると、その力を測ろうとしましたが、測定器を持参していませんでした。
そこで調査員を地元の釣具店へ走らせ、魚用のはかりを買ってきてもらいました。
技術者らは複数のコバルトで、キーがRun位置から動くのに必要な力を測りました。Dolanは、測定が正しければ道路の穴への衝撃でもキーがRun位置から動き得ると考え、驚いたと説明しています。
2008年の研修では、安全問題を書くときの「より穏当な言い換え」が示されていた
報告書は、2008年のGMの文書作成研修資料を取り上げています。社員には“write smart”(賢く書く)と呼びかけ、評価的な形容詞や推測を避けるよう求めていました。
資料には、problem(問題)をissue・condition・matter(課題・状態・事柄)へ、safety(安全)を「安全上の影響を及ぼす可能性がある」へ、defect(欠陥)を「設計どおりに機能しない」へ置き換える例が並んでいました。
「危険だ……事故を起こしかけた」などの文を避ける例もありました。資料の作成者が冗談のつもりだったと説明する「走る石棺」などの表現も挙げられていましたが、報告書の脚注によると、研修の実施者は後に資料を見た弁護士から、使用禁止語を並べたスライドを削除するよう言われました。
スイッチの変更を示された証言録取の最中、GM側弁護士は「衝撃的な新事実」とメールした
2013年4月29日、DeGiorgioの証言録取で、原告側はスイッチの設計が変わっていた証拠を示しました。部品番号が同じスイッチの内部部品に違いがあるという発見でした。
GM側の外部弁護士Philip Holladayは、証言録取の最中にGMの弁護士Ronald Porterへメールを送り、原告側の提示を“bombshell”(衝撃的な新事実)と表現しました。
2013年4月29日・GM側弁護士から社内弁護士へのメール(抜粋)
Lance has dropped a bombshell that we need to discuss and figure out how to address.報告書の付箋による訳ランスが衝撃的な事実を突きつけてきた。どう対処するか話し合って考えなければならない。
3日後、HolladayはGM側との電話で、訴訟を支援し、社内調査を遅滞なく終えるために専門家Subbaiah Malladiを起用することを勧めました。その後Malladiも設計変更を確認しましたが、調査チームへの説明によると、低トルクがエアバッグ非作動の原因かどうかを判断するようには依頼されていませんでした。
スイッチの変更が明らかになった訴訟は500万ドルで和解。法務最高責任者の承認が不要な最大額だった
スイッチの設計変更が証言録取で示された訴訟は、2013年9月に500万ドルで和解しました。
報告書は500万ドルを、和解審査委員会が法務最高責任者(General Counsel)の承認なしに認められる最大額だったと記しています。
和解はLawrence Buonomoが承認しました。報告書は、和解前にGM側の弁護士らが、この案件に関する外部弁護士の評価や具体的な問題を法務最高責任者Michael Millikinへ上げていなかったとしています。
報告書は、法務最高責任者の審査を避けるために和解額を500万ドルに設定したとは認定していません。
「安全会議ではメモを取らない」という話は、誰が指示したか分からないまま社内に広がっていた
複数のGM社員は、重要な安全会議でもメモを取らないことがあったと調査チームに説明しました。GMの弁護士がメモを残すことを望んでいない、と考えていたためです。
しかし、調査チームはその指示を出した弁護士を特定できませんでした。指示を示す文書やメールも見つからず、弁護士側にも指示したと述べる人物はいませんでした。
それでも「メモを取らない」という話は社員から社員へ伝わり、報告書が“urban myth”(職場で伝わる根拠不明の言い伝え)と表現するほど定着していました。
その結果、いくつもの委員会について、誰が出席し、何を話し、何を決めたのかを示す明確な記録が残っていない場合がありました。
責任転嫁は「GM式敬礼」、同意して何もしないのは「GM式うなずき」と呼ばれていた
報告書の終盤では、GM社内で使われていた2つの表現が紹介されています。
ある関係者が説明した“GM Salute”(GM式敬礼)は、腕を組み、指を外側の人へ向け、責任は自分ではなく別の誰かにあると示す仕草でした。
Mary Barraが説明した“GM Nod”(GM式うなずき)は、会議では全員が提案された行動に同意してうなずくものの、会議室を出ると実行するつもりがなく、うなずきが空のジェスチャーになるという現象でした。
報告書が指摘した背景
調査チームに依頼されたのは、イグニッションスイッチのリコールが遅れた経緯と、GMが何を変えるべきかを明らかにすることでした。事故の再現や、どの負傷・死亡が欠陥に起因するかの判定は、調査の対象に含まれていません(p.12)。
報告書中の「GM」は、2009年7月10日より前はGeneral Motors Corporation、それ以降はGeneral Motors Companyを指します。同日、破産手続き中の旧会社から新会社への実質的に全資産の売却が完了しました(p.1、脚注1)。
この記事の訂正
付箋07の場所はウィスコンシン州ではなくミシガン州デイビソンで、当初の目的はスイッチの比較ではなく事故車のボディー制御モジュールの取り出しでした(p.165–166)。付箋05のダーウィンに関する続きは引用箇所で裏付けられず削除し(p.133)、06の「one inch」は原文にある「調査はまったく進んでいなかった」に訂正しました(p.161)。09のメールは証言録取の後ではなく最中に送られたものと訂正し、メールの直接引用を報告書が示す表現に限定しました(p.199)。09・10の当事者名や事件の記述も、選択中の黒塗り版で確認できる範囲に改めました。冒頭の4,100万件超の文書は、全件をレビューした数ではなく収集した数と訂正しました(p.14)。調査報告書の評価と関係者の説明を区分し、研修資料に関する脚注の留保も補いました(p.254)。
