何があった?
2001年10月、Enronは、最高財務責任者(CFO: Chief Financial Officer)のAndrew Fastowが設立・運営していた投資組合LJM2との取引に関連して、税引後5億4,400万ドルを利益から差し引き、株主資本を12億ドル減額すると発表しました。その後、LJM1やChewcoに関する会計処理の誤りを理由に1997年から2001年までの財務諸表を修正し、同年12月2日に米連邦破産法第11章(Chapter 11)に基づく再建手続きを申請しました。
取締役会はその直前の10月28日、関連当事者取引を調べる特別調査委員会を設置しました。委員会が2002年2月1日に提出した通称「Powers Report」が、この記事の一次資料です。
報告書はEnron破綻の原因全体を調査したものではありません。Fastowらが関与したChewco、LJM、Raptorなどの取引、その利益相反の管理、取締役会の監督、内部告発後の調査、公開資料での説明を主な対象としています。
背景情報:エンロン(Wikipedia)
この報告書で気になった10か所
Enronでは、CFOが自社と取引する投資組合を運営し、取引承認書には問題なしを示すチェックが最初から印刷されていました。巨額の手数料の根拠を説明できない関係者、短時間で終わる取締役会レビュー、内部告発後の限定的な調査。複雑な会計処理の裏側で実際に使われた書類や判断から、具体的な10か所を拾いました。
本記事の日本語は、英語で公表された原報告書をもとにした報告書の付箋による翻訳・要約であり、公式日本語訳ではありません。ページ番号は原報告書の印字ページです。一次資料リンクには、原報告書の同一コピーを公開しているUniversity of ChicagoのPDFを使用しています。
取締役会は、自社CFOが「Enronと取引する相手側」を運営することを承認した
Enron取締役会は、CFOのAndrew FastowがLJM1とLJM2という投資組合を運営し、そのLJMがEnron自身と取引することを、利益相反を認識した上で承認しました。
取締役会は、FastowがEnron側のCFOであると同時に、取引相手側の運営者になるという問題を管理策で抑えられると考えました。監査・コンプライアンス委員会などによるレビューや、Fastowの報酬確認などが対策として設けられています。
ただし、取締役会には一部の重要情報が伝えられておらず、Raptor IIIや後のRaptor再編も承認対象として提出されていなかったと報告書は記しています。
Powers委員会のうち取締役会の評価に参加した2人は、この判断について、利益相反の深刻さを過小評価し、管理策で抑えられる度合いを過大評価した「根本的に誤った」決定だったと評価しました。
CFOの家族財団が2万5,000ドルを出資、約2か月後に450万ドルを受領
LJM1に関係する取引を解消する際、Enron社員らが「Southampton Place」という投資組合を通じて利益を受け取りました。
Fastowの家族財団の出資額は2万5,000ドル。報告書が確認した資料では、約2か月後の2000年5月1日に450万ドルを受け取っています。
さらにEnron社員のBen GlisanとKristina Mordauntは、それぞれ5,800ドルを出資し、1〜2か月のうちにそれぞれ約100万ドルを受け取ったと説明しています。
GlisanとMordauntは、この時期にEnron側でLJM2との取引にも関与していました。報告書は別の出資者Kathy Lynnらの受取額は把握していないと明記しています。
40万ドルの「迷惑料」。聞き取りを受けた誰も、支払う根拠を説明できなかった
1998年12月、EnronからChewcoへ40万ドルが支払われました。
この支払いは資料によって「restructuring fee(再編手数料)」「amendment fee(契約変更手数料)」、そして「nuisance fee(迷惑料)」と呼ばれていました。
ところが調査委員会が関係者へ聞き取りを行っても、この40万ドルを支払う根拠を説明できる人はいませんでした。
期末近くに売った7資産のうち、5つを決算後にEnronが買い戻した
1999年の第3・第4四半期末近く、Enronは7つの資産の持分をLJM1またはLJM2へ売却しました。取引は短期間で行われ、Enronは資産をバランスシートから外し、一部では利益も計上しました。
しかし決算期間が終わった後、7つのうち5つをEnron側が買い戻しました。
早いものでは数か月以内でした。さらにLJM側は、買った資産の市場価値が下がったように見える場合も含め、7取引すべてで利益を得ていました。
調査委員会は、こうした後の出来事は、当初の「売却」が本当に所有のリスクと利益を移した取引だったのかに疑問を生じさせると指摘しています。ただし、一部の買い戻しには問題のない説明も成り立つとしており、7取引すべてを仮装売却と認定したわけではありません。
取締役会には年率30%。投資家向け資料には最大2,500%の収益率
Fastowが2000年10月にLJM2の投資家へ示した資料では、4つのRaptorへの投資の内部収益率(出資と受取の金額・時期から算出する収益率)が、193%、278%、2,500%、予想125%とされていました。
これに対し、2000年5月にEnron取締役会の財務委員会へRaptor Iを説明した際に示されていた基準は、年率30%でした。
報告書によれば、この非常に大きな収益率は、各RaptorからLJM2へ、半年未満の間におよそ4,100万ドルずつが急速に移されたことで生じていました。
損失を「ヘッジ」していた相手は、報告書の言葉では「自分自身」だった
Raptorは、Enronが保有する投資の価格下落による損失を抑える「ヘッジ」として使われました。
通常のヘッジなら、損失が出たときに支払う能力のある独立した相手へリスクを移します。しかし4つのRaptorのうち3つの大きな財源は、Enron自身の株式や株式を受け取る契約でした。Raptor IIIは、損失をヘッジする対象そのもののNew Power Company株式に相当する権利で支えられていました。
そのため報告書は、Enronが投資をヘッジした相手について、「信用力のある取引相手ではなく、自分自身」だったと表現しています。
支えとなる株価が下落すると、ヘッジの支払い能力まで同時に弱くなる構造でした。
2000年5月・取締役会財務委員会の説明資料に残されたメモ(記録者は調査委員会による推定)
Does not transfer economic risk but transfers P&L volatility.報告書の付箋による訳経済的なリスクは移転せず、損益の変動だけを移す。
LJM取引の承認書には、コンプライアンス項目のチェックが最初から印刷されていた
EnronではLJMとの取引について「LJM Deal Approval Sheet(LJM取引承認書)」という書式を使っていました。
ところが調査委員会によれば、この承認書には、各種の統制や情報開示上の懸念について問題がないことを示すチェックマークが最初から印刷されていました。
署名者は、その印刷済みのチェックが正しいことを署名で認証する仕組みでした。承認書そのものが見つからない取引や、必要な署名がそろっていないものもあり、取引が終わった後に承認書が完成した例もありました。
委員会は、実際にはこの承認書がほとんど統制として機能せず、形式的な手続きになっていたようだと評価しています。
CFOとの利益相反を監視する取締役会レビューは、10〜15分と報告されていた
取締役会は、CFOのFastowが運営するLJMとの取引を認める代わりに、監査・コンプライアンス委員会などが定期的に取引をレビューすることを重要な管理策としていました。
しかしPowers Reportによれば、実際のレビューは10〜15分程度だったとされています。
その短いレビューでは、個々の取引の経済条件や、LJM1・LJM2、そしてFastow自身がどれほど利益を得たのかは議論されませんでした。
また、FastowがLJMから得た報酬額を確認する手続きも決められていましたが、取締役会側の報酬レビューは、報道で問題になった2001年10月まで行われなかったようだと報告書は記しています。
告発を受けた予備調査では、「監査人の会計処理を疑うこと」と「LJM取引を詳しく調べること」が対象外だった
2001年8月、Enron社員Sherron Watkinsは、Raptorなどの会計処理に深刻な懸念があることをKen Layへ伝えました。
Enronは外部法律事務所Vinson & Elkinsへ予備調査を依頼しました。
しかしEnronの法務責任者James Derrickと同事務所が合意した調査範囲には、Arthur Andersenによる会計処理や助言を疑うことも、個々のLJM取引を詳細に調べることも含まれていませんでした。
予備調査は、より広範な独立調査は必要ないと結論づけました。一方で同事務所の調査結果には、Raptor取引の「bad cosmetics」――外からの見え方の悪さが悪評や訴訟の重大なリスクになるとも記されています。
Vinson & Elkinsの評価を担当した委員2人(Raymond TroubhとHerbert Winokur)は、Watkinsの手紙はRaptorの問題点をたどる「road map(道筋)」になっていたと評価し、予備調査の結論はその調査範囲と進め方によって大きく規定されていたと指摘しました。
2001年8月・Sherron WatkinsからCEOのKen Layへの書簡(抜粋)
I am incredibly nervous that we will implode in a wave of accounting scandals.報告書の付箋による訳会計スキャンダルの波に巻き込まれて会社が崩壊するのではないかと、私は非常に不安です。
財務諸表の注記ではCFOの実名を伏せ、「上級役員」と記した
Enronが株主の議決権代理行使に先立って送る説明書(proxy statement)ではFastowの名前が記載されていましたが、四半期・年次報告書の財務諸表の注記では表現が異なりました。
1999年第2四半期の注記は、LJM1を運営する人物をFastowとは書かず、「Enronの上級役員」と表現しました。
その後の財務諸表の注記でもFastowを実名では特定していません。さらに2000年第2四半期以降、LJM1とLJM2という名前も使わず、両者をまとめて「Related Party(関連当事者)」と記載しました。
Powers委員会は、財務諸表の関連当事者注記について、取引の本質を読者が理解できるほど明確には伝えていなかったと評価しています。
報告書が指摘した背景
Powers Reportは、問題を単にFastowらが個人的に大きな利益を得たことだけには置いていません。Enronは、自社CFOとの深刻な利益相反を認めたうえで、それを管理策で抑えられると考えました。しかし取締役会レビュー、承認書、報酬確認といった管理策は十分に機能せず、取引が進むほど利益相反が統制を圧倒したと委員会は評価しています。
また、委員会は、Fastow、Michael Kopper、Ben Glisanら重要人物の一部が聞き取りに応じなかったこと、Arthur Andersenの監査調書にも限定的にしかアクセスできなかったことを明記しています。この記事ではその調査上の限界も踏まえ、報告書が実際に確認・評価した範囲だけを扱っています。
この記事の訂正
Southamptonの投資家を、別人の名前を混ぜた表記からKristina Mordauntに訂正し、GlisanとMordauntの受取額は本人の説明に基づくことを明示しました。4つのRaptorのうち3つはEnron株等、Raptor IIIはTNPC株相当の権利に支えられていたと区分しました。Vinson & Elkinsへの評価はTroubhとWinokurの2委員に帰属させ、取締役会への情報不開示、承認書の形式化についての留保、金額・評価・開示の根拠ページを補いました。
