何があった?
2010年4月20日、メキシコ湾のMacondo油井を掘削していた海洋掘削施設Deepwater Horizonで油井が制御不能となり、爆発・火災が発生しました。11人が死亡し、施設はその後沈没。海底の油井から大量の原油が流出しました。
事故後、米大統領が設置したNational Commission on the BP Deepwater Horizon Oil Spill and Offshore Drillingは、事故原因や規制・企業側の対応を調査しました。この記事では、その調査を補足する2011年2月17日公表のChief Counsel’s Report「Macondo: The Gulf Oil Disaster」だけを一次資料として使います。
報告書は、セメント施工や圧力試験といった技術面だけでなく、事故直前のメール、作業手順の作成、現場と陸上の相談、請負会社との関係、異常を見た人々が何をしていたかまで細かく追っています。
この報告書で気になった12か所
事故の技術的な全体像を説明することより、報告書に残った具体的なやり取りと運用を優先しました。「flying by the seat of our pants(行き当たりばったり)」「we are in the dark(われわれは暗闇の中にいる)」というメール、使わずに帰した検査チーム、混雑した掘削操作室、約10分の離席、異常圧力が上がった後の会話などです。
以下の日本語は英語原文をもとにした報告書の付箋による翻訳・要約で、公式日本語訳ではありません。ページ番号は報告書に印字されたページ番号です。
泥水を流すため9回圧力を上げた。3,142 psiで流れ始めても「何が抜けたのか、まだ分からない」とメールした
Macondoでは、ケーシング内部から泥水を循環させるため、逆流防止用のフロート装置(float equipment)を所定の状態へ切り替える作業が行われました。しかし当初、泥水は流れませんでした。
作業員はポンプ圧力を繰り返し上げ、9回目には3,142 psiまで達したところで急に圧力が下がり、泥水が流れ始めました。現場はこれを部品が正常に切り替わった兆候と受け止めましたが、報告書は、必要とされた流量をその後も継続して達成していなかったと指摘しています。
同じ現場にいたBPの掘削技術者はWeatherford担当者へ、「Yah we blew it at 3140, still not sure what we blew yet(3,140 psiで抜けた。何が抜けたのかはまだ分からない)」というメールを送りました。
報告書は後に、圧力低下には、詰まりが取れた可能性やフロートカラー(float collar)側の別の不具合など、複数の説明があり得ると検討しています。
セメント検査チームを一日以上待機させたが、検査せず11時15分のヘリで帰した
BPは、セメント施工が予定どおりにいかなかった場合に備え、Schlumbergerへセメント評価サービスを発注していました。技術者チームは4月18日から19日にかけてリグへ到着し、一日以上待機しました。
4月20日朝、BP側はセメント施工が十分うまくいったと判断し、評価ログを実施しないことを決めました。
Schlumbergerのチームは午前11時15分ごろ、定期便のBPヘリコプターでリグを離れました。
報告書は、セメント評価ログを行わなかったことで、おそらく約8時間のリグ時間が節約されたとしています。
毎日のように特別な船便かヘリ便。現場は「flying by the seat of our pants」と訴えた
追加のcentralizer(ケーシングを坑井の中央に保つ器具)をめぐって直前の変更が続いた際、BPの坑井チーム責任者は上司へメールを送りました。
メールは、過去4日間に直前変更があまりに多く、坑井現場責任者たちが限界に来ていると伝えています。
現場の表現は「flying by the seat of our pants(行き当たりばったりで進めている)」で、さらに毎日のように特別な船便かヘリ便を出している、と書かれていました。
メールは、技術部門のリーダー層の強い不安が混乱を生んでおり、このままでは作業は成功しないという趣旨まで続いていました。
追加部品を使わないと知った業者は上司へ電話。返答は「第三者はBP側の現場責任者の要求どおりにする」
BPは15個の追加centralizerとWeatherfordの技術者をリグへ送りましたが、最終的に追加分を使わないことにしました。
報告書によると、Weatherfordの技術者は、本来取り付けられるはずだった時間を過ぎてから、自分で尋ねて初めて中止を知りました。取り付け作業がキャンセルされた経験がなかったため、心配して上司へ電話しました。
しかし上司は、「Third party, we do what the company man requests(第三者は、掘削を発注するBP側の現場責任者の要求どおりにする)」と伝えました。
報告書は、Weatherford側からBPへ懸念が強く伝えられることはなかったとしています。
事故8日前、「手順が必要だ。われわれは暗闇の中にいて、作業終了が近い」と現場からメールした
BPは2010年1月にはDeepwater Horizonで油井を一時的に封鎖・休止する予定でしたが、その時点の掘削計画には具体的な一時封鎖・休止手順(temporary abandonment procedure)が入っていませんでした。
4月9日には油井の最終深度が分かり、具体的な手順を作るために必要な情報がそろっていました。それでも3日後、リグ側の坑井現場責任者が陸上チームへ手順を求めました。
4月12日のメールは「手順が必要だ」としたうえで、「we are in the dark and nearing the end of logging operations(われわれは暗闇の中にいて、検層作業の終わりが近い)」と伝えていました。
報告書によると、その後も手順は直前まで繰り返し変更され、事故までの9日間で一時封鎖・休止手順は少なくとも4回変更されました。
圧力試験の最中に勤務交代とVIP見学が重なり、掘削操作室は「立つ場所しかないほど混雑」していた
油井が外部からの圧力なしでも密閉されているかを見る負圧試験(negative pressure test)では、圧力がゼロへ戻らないなど、異常な結果が続きました。
午後5時26分ごろには勤務交代が始まり、同じ頃、BPとTransoceanの幹部らによるリグ見学の一行も掘削操作室へ入りました。
勤務交代の人員と見学者で、掘削操作室は「standing room only(立つ場所しかないほど混雑)」だったと証言されています。
見学中の幹部の一人は、掘削チームが何かに混乱していることに気づき、見学者が出た後も一部の責任者に残って支援するよう求めました。
1,400 psiの圧力を「bladder effect(袋のように圧力が残る効果)」で説明。専門家は支持しなかった
負圧試験では、坑井制御用のキルライン側が0 psiで流れもない一方、掘削管側には約1,400 psiの圧力が残るという矛盾した状態がありました。
現場では、この圧力を「bladder effect」と呼び、重い泥水などが環状防噴装置を上から押し、その力が下側へ伝わることで、流れがなくても掘削管側に圧力が残るという説明が出ました。報告書は、経験豊富なTransocean側の人員がこの説明を支持し、最終的にBP側の坑井現場責任者も受け入れたと整理しています。
Chief Counselのチームが聞き取りを行った専門家は、この「bladder effect(袋のように圧力が残る効果)」という説明を支持しませんでした。
結果として、負圧試験は成功したものとして扱われ、作業は次の段階へ進みました。
泥水・ガスの監視担当者が約10分席を離れた。ほぼ同時にタンクを空にする作業が始まり、流量表示は逆に増えた
午後9時前、泥水やガスのデータを監視するマッドロガーは掘削班へ連絡してから短い休憩に入りました。階下へ行き、トイレを使い、コーヒーを取り、たばこを半分吸い、約10分後に持ち場へ戻ったと報告されています。
ほぼ同じ時刻、掘削班はポンプ流量を落とす一方で、掘削流体の量を監視する小型タンク(trip tank)を空にする作業を始めました。
ポンプ流量を落とせば本来は排出流量の表示も下がるはずでしたが、この小型タンクから流体が追加されたため、表示は逆に増えました。報告書は、この増加が地層流体の流入(キック)の兆候を覆い隠した可能性があるとしています。
午後9時1分には掘削管内の圧力が低下から上昇へ転じました。戻ったマッドロガーは不在中の記録を見直しましたが、問題には気づかなかったと説明しています。
圧力が約600 psi跳ね上がった。それでも「no hint of alarm」で、担当者は会話し冗談も交わした
午後9時38分、掘削管内の圧力は再び急上昇し、約600 psi増えました。報告書はこれを重大な異常としています。
それまでにも、流体が油井内で動いていることを示す異常が複数出ており、専門家は警戒を引き起こすべき兆候だったと説明しました。
しかし報告書は「no hint of alarm(警戒している様子は見られなかった)」と記し、担当者らが数分間話し、冗談を交わした場面まで残しています。
その後も、マッドロガー、掘削作業の上級監督者、海洋施設責任者、坑井現場責任者へ異常が伝えられない時間が続きました。数分後、泥水がリグ床から掘削やぐらの上部まで噴き上がりました。
可燃性ガス警報が複数鳴っても総員警報をすぐ作動させず、「受け止めることが多すぎた」と証言した
爆発直前、ブリッジ(操舵・船位保持を行う区画)では複数箇所の可燃性ガス警報が鳴りました。担当していた船位保持担当者は最初の衝撃を感じ、複数の警報を確認しましたが、すぐには総員警報を作動させませんでした。
機関制御室から状況確認の電話も受けましたが、複数の可燃性ガス警報が鳴る中でエンジン停止を指示しませんでした。
なぜためらったのか聞かれ、担当者は「It was a lot to take in. There was a lot going on(受け止めることが多すぎた。いろいろなことが起きていた)」と答えました。
さらに、可燃性ガス警報へどう対応するかについて、Transoceanから正式な訓練やシミュレーションを受けていなかったと証言しています。
異常な負圧試験について、現場は陸上の技術者へ解釈を相談しなかった
報告書は、BPの坑井現場責任者やTransoceanの掘削班が、負圧試験の異常な結果について、リグ内外の他の専門家へ助言を求めた形跡がないとしています。
BPには陸上の技術チームがあり、普段の掘削作業では現場の質問に答えていました。Houstonの坑井チーム責任者も後に、この圧力値ならリグから電話が来ると思ったと述べています。
それでも、圧力をゼロまで下げられなかった試験中に、坑井現場責任者が陸上のBP技術者へ解釈を求めた形跡はありませんでした。
報告書は別章で、現場から陸上へ電話すべき場合を示す連絡計画も負圧試験を明確に扱っておらず、BP社員が後に「weird drawings with boxes & arrows(箱と矢印だらけの変な図)」と評したことを記しています。
Macondoのリスク一覧表は安全を項目に入れず、時間とコストへの影響だけを見ていた
報告書は、Macondoチームが効率を意識した個々の判断を重ねる一方、その判断を組み合わせたとき安全へどんな影響が出るかを十分に立ち止まって検討しなかったと評価しています。
その例として挙げるのが、油井の潜在的な問題と影響を整理するためのリスク一覧表(risk register)です。
Macondoのリスク一覧表には安全が要素として含まれておらず、報告書によれば、リスクが時間とコストへ与える影響だけに焦点を当てていました。
報告書は、油井が実行(Execute)段階へ入った後に、このリスク一覧表が使われた形跡もないとしています。
報告書が指摘した背景
Chief Counsel’s Reportは、事故を単一の部品故障や一人の判断に還元していません。セメントの失敗、負圧試験の誤解、地層流体の流入(キック)の見逃し、緊急対応など複数の技術的要因に加え、BP、Transocean、Halliburtonなど複数組織の間で、情報、責任、専門知識が十分に結びつかなかったことを詳しく検討しています。
また、個々の判断はそれぞれ単独では合理的に見える場合があっても、時間・コスト・効率を重視する方向へ積み重なり、その組み合わせによるプロセス安全(重大事故を防ぐための工程全体の安全管理)への影響が十分評価されなかったとしています。
