何があった?
2023年10月2日、サンフランシスコで、人間が運転する車が歩行者に衝突し、その歩行者が隣を走っていたCruiseの無人自動運転車の進路上へ飛ばされました。Cruise車も歩行者に衝突して一度停止しましたが、その後、道路脇へ寄せようとして再び動き、車体の下にいた歩行者を約20フィート(約6メートル)引きずりました。
Cruiseは翌日、規制当局などへ事故を説明しました。しかし、車両が再び動いたことや歩行者を引きずったことが十分に伝わらず、10月24日にはカリフォルニア州車両管理局(DMV)がCruiseの無人運行許可を停止しました。
この記事の一次資料は、CruiseとGMの取締役会から依頼を受けた法律事務所Quinn Emanuelが2024年1月24日にまとめ、Cruiseが公開した調査報告書です。PDFは技術解析の付録を含む195ページで、この記事が対象とするQuinn Emanuelの本文は105ページ。事故後に何が共有され、映像と説明がどう使われたかを中心に調査しています。
この報告書で気になった9か所
同じ事故を説明するために作られた長さの違う映像、200人以上が出入りした緊急対策室、途中で止まった規制当局向け映像、読み違えられたSlackの返答。出来事を時系列に追うよりも、それぞれの資料ややり取りに残った運用を取り上げます。
調査チームはCruiseの現・元社員や契約業者88人に聞き取りを行いましたが、規制当局の担当者には直接聞いておらず、会議で実際にどの映像が見えたかを確定できない部分があります。そのため、Cruise社員の記憶、DMV側の主張、調査チームの判断を区別します。本記事の日本語は報告書の付箋による翻訳・要約であり、公式日本語訳ではありません。ページ番号は、PDFに収録されたQuinn Emanuel調査報告書本文の印字ページです。末尾には別会社による技術解析報告書も付属しています。
CEOが作った4秒の映像。映っていたのは別の車が歩行者に衝突する場面だけ
事故直後、Cruiseに届いていた14秒の映像には、別の車が歩行者に衝突し、歩行者がCruise車の進路へ飛ばされる様子が映っていました。ただし、Cruise車が歩行者に衝突した後、再び動き出す場面は含まれていませんでした。
午前1時6分、当時のCEO Kyle Vogt氏は、この14秒の映像から、別の車が歩行者に衝突する瞬間だけを映した4秒の映像を作り、政府対応担当と法務担当の幹部へ送りました。
政府対応担当の幹部は、映像を公開するならその4秒版を主な映像にすべきだと返信。規制当局には4秒版を先に見せ、その後で広い画角の映像を見せる案も出しました。
ただし、この時点では、歩行者を引きずる二次的な移動が映る完全版はまだ社内に届いていません。調査報告書も、4秒版を実際に規制当局へ見せた証拠はないとしています。
200人以上が出入りした緊急対策室。対応手順は「手作業が多すぎる」と中断されたという証言
Cruiseは重大事故に対応するため、全米の社員を呼び出す通知システムを使い、Google Meetと専用Slackを組み合わせたオンラインの緊急対策室を開きました。
事故の重大度が最も高い「Sev-0」に引き上げられると、最大200人が追加で呼び出され、事故当夜から翌日にかけて200人以上が対策室に出入りしました。
Cruiseには、本来、Sev-0の事故に使う対応手順書があり、責任者の役割や、初動から復旧までの段階が定められていました。
しかし調査を受けた関係者の少なくとも1人は、その手順が「too manually intensive(手作業が多すぎる)」ため中断されたと説明しました。
これは関係者の証言であり、調査報告書は、ほかの状況もこの説明を裏付けるように見えると述べています。
完全版を把握した後も、報道向けには途中で終わる映像と「完全停止」の説明を使い続けた
10月3日朝、Cruiseの経営幹部は、車両がいったん停止した後に再び動き、歩行者を引きずったことについて報告を受けました。当初の報道では、別の車が先に歩行者に衝突した事実が十分に伝わっておらず、Cruiseはその訂正を重視していました。
広報担当の幹部は、新たな報道の波を招くことを避けるため、それまでの発信を修正しないよう提案しました。社内Slackでは、規制当局や捜査関係者にはすべてを共有したとの認識に続けて、報道機関へ情報を共有する義務はないとも書いています。
その後も広報チームは、車両の二次的な移動が映らない21秒の映像を複数の報道機関へ画面共有し、車両は歩行者に衝突した直後に完全停止したとの説明も続けていました。
報告書によると、10月13日になって別の広報担当者が同じ説明を再使用しようとした際、法務担当者が不適切だと指摘し、「完全停止」の一文が取り除かれました。
技術・安全チームは一時運行停止も提起。幹部はデータが足りないとして見送った
10月3日正午過ぎ、技術・安全チームは、事故後の車両の動きを詳細に描いたグラフを経営陣へ示しました。グラフ上では、最初の衝突から最終停止までの間に、車両が再び進んだことが示されていました。
説明を聞いた当時のCEOは、車両が約20フィート進んだところでタイヤへの干渉を検知して停止した点について言及した、と報告書は記しています。
技術・安全チームからは、歩行者の検知を改善する緊急修正ができるまで、車両群の運行を止めるべきかという問題も提起されました。
CEOとCOOは、これまでの運行・安全実績なども踏まえ、運行停止を正当化するだけのデータはないと判断。CEOは、この事故をきわめてまれな「edge case(例外的な事例)」と表現したとされています。これは10月3日時点の判断です。同月27日には、Cruiseは全市場で無人運行を止めると米道路交通安全局(NHTSA)へ通知しています。
「映像は千の言葉に値する」。その映像は車が再び動く直前で止まっていた
10月3日、CruiseはNHTSAとのオンライン会議で、45秒・9画面の完全版映像を見せようとしました。しかし説明役を務めた技術部門の責任者の自宅回線に問題があり、映像は繰り返し止まったり、画面が白や黒になったりしました。
関係者の説明では、一度は最初の衝突後に映像を止めて質問を受け、そのまま再生を再開しなかった場面もありました。会議では、歩行者を引きずったことを口頭で説明していませんでした。
会議に参加した法務担当者は直後のSlackで、規制当局から「映像は千の言葉に値する」と言われたと報告する一方、映像が車両の再発進前に途切れたとも書いていました。
同担当者は、完全版を送れば規制当局から質問が来るだろうと予想していました。Cruiseはその日のうちに完全版のファイルをNHTSAへ送っていますが、報告書は、会議の場で重要な事実を口頭で補わなかった点を問題視しています。
「全映像を見せた。でも先方は気づかなかった」――規制当局との会議をめぐる社内Slack
同じ10月3日、CruiseはDMVとも会議を開きました。Cruise側には完全版映像を見せたと記憶する人がいましたが、DMV側は、車両の二次的な移動を映した部分は見せられず、口頭説明もなかったと主張しています。
Quinn Emanuelは、実際にどの映像が表示されたかを技術的証拠から確定することはできず、完全版を再生しようとした可能性が高い一方、通信トラブルによって重要な場面を見られなかった可能性が大きいと整理しました。
10月16日、DMVとの会議中に10月3日の説明を振り返ったCruise社員のSlackには、完全版を見せたと記憶しているという説明に続き、「But they did not notice(でも先方は気づかなかった)」と書かれていました。
また別の関係者からは、DMVが歩行者の引きずりについて質問しなかったのは幸運だった、という趣旨の発言が会議参加者からあったと聞いたとの証言もありました。これは伝聞であり、誰がいつ何を直接発言したかを確定した記録とは区別する必要があります。
市の担当者が映像の再生を繰り返し求めた。Cruise社員2人は、その場で初めて完全版を見た
10月3日午後、Cruiseはサンフランシスコ市交通当局、警察、消防の担当者とオンラインで会議を行いました。ここでは完全版映像が途切れずに再生され、市側は車両の二次的な移動に気づいて質問しました。映像は何度も再生され、多い証言では6回に達しました。
ところが、その会議に出たCruise社員4人のうち2人も、その場で初めて完全版映像を見たと説明しています。
そのうち1人は、停止した車両が再び動く様子は非常に目立ったと振り返り、別の社員はその場で知った車両の再発進を「jolt of lightning(電撃を受けたような衝撃)」と表現しました。
報告書は、同じ政府対応部門の別の担当者がそれ以前の規制当局との会議や社内報告会に参加していたにもかかわらず、この会議の参加者には十分な情報が引き継がれていなかったことも記しています。
10日後の事故報告。「その後の情報は?」への返事を取り違え、更新なしで提出した
NHTSAに提出する事故の10日後報告について、Cruiseでは、更新する情報がないと判断すれば、法務担当者による二次確認なしで前回の記載を再使用できる運用でした。
担当のパラリーガルはSlackで、事故に新たな情報がないか、特に歩行者の容体について情報がないかを尋ねました。捜査機関との連絡を担当する社員は、担当警察官に連絡したが返信がないと回答しました。
しかし回答した社員は、歩行者の容体について答えただけだと説明した一方、報告担当者は事故全体にも更新がないという返答だと受け取ったと説明しています。
報告担当者は社内事故データベースも確認しましたが、ほかの法務・政府対応担当者へ確認せず、更新なしとして報告書を提出。そこでも、すでに社内で知られていた車両の二次的な移動と歩行者の引きずりには触れられませんでした。
DMVが求めたのは45秒・9画面。Cruiseが会議で見せたのは9分・6画面だった
10月10日、DMVは歩行者との接触の60秒前から、警察が遠隔支援担当者に自動運転機能を無効にするよう指示するまでの9画面の映像をCruiseへ求めました。Cruiseはその夜には送らず、まず映像を見てもらう会議を希望し、13日にオンライン会議が開かれました。
Cruiseがそこで提示したのは、新たに編集した約9分・6画面の映像でした。しかしDMVが見たかったのは、以前の会議で示されたとCruiseが説明する45秒・9画面の完全版でした。
9分版は、事故の60秒前からの映像と警察・消防の対応を収めた映像の2部構成でした。ただし、Cruise車による衝突と再発進が特に分かりやすい正面下方のカメラ映像は含まれていませんでした。
DMV側は映像を見て、一部が飛ばされているように感じると質問し、元の9画面映像を求めました。Cruiseは同日の午後0時19分に、完全版をDMVの専用窓口へアップロードしています。
報告書が指摘した背景
Quinn Emanuelは、Cruiseが最初の規制当局との会議で意図的に事実を隠したと認定したわけではありません。完全版映像を見せようとした証拠や、その日のうちにNHTSAへ完全版を送った事実を踏まえ、調査時点の証拠では規制当局を意図的に誤導しようとしたとは立証されないと結論づけています。
一方、報告書は、映像がすべてを説明してくれると考え、見えなかった部分を口頭で補わず、社内で新しい事実を知った後も説明を更新しなかった点を明確に問題視しています。事故の最初の衝突は別の車が起こしたという報道上の誤りを正すことに集中し、その後にCruise車が起こした動きを十分に伝えなかったという分析です。
この記事の訂正
記事の対象を、技術解析付録を含む195ページのPDF中のQuinn Emanuel本文105ページと明確にしました。運行停止の説明を本文で確認できる10月27日のNHTSAへの通知に改め、映像再生の主体とDMV会議後の伝聞の帰属を修正しました。完全版映像の利用・提出と技術的検証に関する参照ページを補いました。
