何があった?

2021年3月、資産運用会社Archegos Capital Management(アルケゴス)のポジションが急落し、取引先の一つだったCredit Suisse(クレディ・スイス)は約55億ドルの損失を出しました。

Credit Suisse Group取締役会は4人の取締役からなる特別委員会を設け、Paul, Weissなどの支援を受けて調査しました。2021年7月29日に公表された報告書は、現・元従業員への80回を超えるインタビューと、1,000万件を超える社内文書・データの収集を踏まえています。

報告書が強調するのは、Archegosのリスクが見えなかったわけではないという点です。大きく継続的な上限超過などの警告は把握されており、少なくとも2020年9月には重大なリスクが明白だったのに、事業部門とリスク部門は迅速な対応を取らなかったと評価しています。

背景情報:クレディ・スイス(Wikipedia)

この報告書で気になった12か所

銀行内では、アルケゴスの取引リスクが繰り返し把握されていました。それでも会議で決めた対応は忘れられ、15万ドルのシステム改修は予算化されず、証拠金を見直す電話会議は直前に3度キャンセルされました。社内の警告、会議での宿題、取引現場の判断から、損失が生じる前の12の場面をたどります。

付箋 01

ストレスシナリオを「Bad Week」に緩めても、Archegosはなお上限を大きく超えていた

Archegosのストレス時の損失額は、それまで「Severe Equity Crash(深刻な株価暴落)」というシナリオで監視されていました。先進国株30%、新興国株45%の下落を想定するものでした。

2020年8月末、プライムサービス部門のリスク管理組織(PSR: Prime Services Risk)の責任者は、先進国株20%、新興国株30%の下落を想定する、より緩い「Bad Week(悪い1週間)」でArchegosを監視するよう初めて求めました。PSRは、Archegosが大型で流動性の高い銘柄を持ち、Credit Suisseには毎日の取引終了権もあるため、短いストレス期間の方が適切だと説明しました。

信用リスク管理部門(CRM: Credit Risk Management)は変更を受け入れましたが、報告書は、シナリオを「Bad Week」に変えた後もArchegosが所定の上限を大きく超えたままだったと記しています。

Bad Weekでの監視は2020年9月から2021年2月末まで続きました。

2020年6月から2021年3月のアルケゴスのストレス時損失想定額と許容上限を比較する原文グラフ。より緩いBad Weekシナリオへ切り替えても上限超過が続いている。
クレディ・スイス特別委員会報告書・印字p.85、原掲載グラフ(抜粋)原文HTML ↗
確認された事実委員会の指摘
付箋 02

リスク担当者は「押し返せる人たちはもういない」と上司に書いていた

2020年9月3日、Archegosを担当していたCRMのアナリストは、PSRのArchegos管理について高まる懸念を上司へエスカレーションしました。

アナリストは、ニューヨークのPSRチームについて、影響力のある経験者の多くが退職し、十分に補充されていないため「信頼できるだけの人員がいない」という趣旨の問題を挙げています。

さらに、営業担当者が証拠金をゼロにするよう求めてきたときに「毅然とした態度で押し返す(have a backbone and push back)」ことができると信頼していた人たちは、もう全員いなくなったと書いていました。

メールは、チームがその役割を学んでいる営業出身者によって率いられており、PSRを以前のような最良の第一防衛線とは考えていない、と続きます。

確認された事実
付箋 03

「これ以上ロングを増やすな」の後、スワップ6本を証拠金率7.5%のまま2年延長

2020年8月25日、CRMは、将来の潜在的な信用エクスポージャーを測るPE(Potential Exposure)とストレスシナリオの上限超過を理由に、既存の証拠金水準ではArchegosのロングポジションを増やせないと株式スワップなどを扱うDelta Oneデスクへ伝えるようPSRに求めました。

9月1日にもCRMは、問題は一部の銘柄だけではなく、既存の証拠金水準では全体としてロングを増やせないと、より直接的なメッセージが必要だと指摘しています。

それでも9月9日、スワップ取引を担うPrime Financingは6本、合計7,800万ドルのロングスワップを、7.5%の証拠金のまま24か月更新しました。

特別委員会は、この更新がCRMへ上げられ、承認されたことを示す証拠を確認できなかったとしています。

確認された事実
付箋 04

15万ドルのシステム改修は予算化されず、破綻直前の3月16日に状況を聞き直した

Archegosが多用していた長期・非リセット型のスワップ(bullet swap)では、ポジション価値が上がっても当初の証拠金額がそのままになり、時間とともに実質的な証拠金率が下がる「証拠金の目減り(margin erosion)」が問題になっていました。

2020年8月、PSR責任者とPrime FinancingのITチームは、現在価値に応じて初期証拠金を計算できるようにする技術的な対応を検討しました。

9月3日に提示された案の一つは15万ドルのシステム改修でしたが、Archegosの破綻までに予算化されませんでした。

メールによると、PSR責任者がITチームへこの案の状況を再確認したのは2021年3月16日でした。改修は結局実装されませんでした。報告書は、この仕組みの適用には顧客の同意も必要だったとしています。

確認された事実
付箋 05

委員会の「宿題」は実行されず、担当者は宿題だったことも覚えていなかった

2020年9月、難しい取引先の監督を目的とする取引先監督委員会(CPOC: Counterparty Oversight Committee)がArchegosを取り上げました。

議事録には二つの追加対応が残っています。事業部門がリスク加重資産(RWA)の信用枠別内訳を示すことと、CRMが実際の証拠金と現物株の融資などを担うPrime Brokerageの標準方式なら必要になる証拠金の差額を示すことでした。

報告書によると、どちらの追加対応も実行されず、Archegosを担当したCRMとPSRの関係者は、それらを対応すべき課題として覚えていませんでした。

その後、CPOCでArchegosが再び議論されたのは約6か月後の2021年3月です。CPOCメンバーの一人は調査で、委員会には実効的な権限を意味する「牙(teeth)」がなかったという趣旨の説明もしています。

委員会の指摘関係者の説明
付箋 06

「Credit Suisseだけが違う」と聞いても、動的な証拠金計算への移行候補に入れず

Credit Suisseは2020年9月までに、スワップのポートフォリオを日々の状況に応じて動的に証拠金計算する仕組みを用意していました。最初の顧客は同月に移行しています。

ところが2020年12月末になっても、Archegosは動的証拠金計算への移行候補リストに入っていませんでした。

その前の10月、Archegos担当のCRMアナリストは、Credit SuisseだけがArchegosのスワップを動的証拠金計算していないとArchegosから聞いていました。

Archegosが移行リストに加わったのは2021年2月12日、優先度が高いとされたのは2月26日でした。PSR責任者は、Archegosは一度に複数の取り組みを扱いたがらないと考えていたと説明していますが、12月の別件完了後もすぐ優先対象にしなかった理由は説明できませんでした。

確認された事実関係者の説明
付箋 07

委員会が6倍と把握した取引倍率を4〜5倍で入力。6倍なら信用格付けはさらに1段階低かった

2021年初め、CRMはArchegosの2020年分の年次信用審査を行いました。改定された格付けモデルは、高いレバレッジやリターンの変動、分散不足をより強く不利に評価する仕組みでした。

特別委員会は、審査時点のArchegosの総ポジション額の純資産に対する倍率(グロス・レバレッジ)を6倍と把握しています。

しかし、モデルを計算したアナリストが入力したレバレッジは4〜5倍でした。

アナリストは、Archegosのショートポジションが市場変動への感応度が高いヘッジになっているため6倍では厳しすぎると説明しました。報告書によると、6倍を入力していれば内部格付けはさらに1段階下がっていました。

委員会の指摘
付箋 08

格下げを提案しながら、将来の信用リスクを測るPE上限を2,000万ドルから5,000万ドルへ

その年次審査では、Archegosの内部信用格付けをBB-からB+へ引き下げることが提案されました。報告書によると、B+はCredit Suisseのヘッジファンド取引先の下位3分の1に入る格付けでした。

一方、2021年1月8日時点のArchegosのPEは4,600万ドルで、それまでの2,000万ドル上限を超えていました。

同じ審査で、Credit SuisseはPE上限を2,000万ドルから5,000万ドルへ引き上げました。

報告書は、B+のヘッジファンドに対する通常のガイダンスは1,000万ドルまでだったとしています。ストレスシナリオの上限も2.5億ドルから5億ドルへ増額されました。

社内信用審査資料からの引用

We believe an exception to the guideline is warranted given the size of the fund and given the liquid products traded […]

本サイトによる訳ファンドの規模と取引商品の流動性を踏まえ、ガイドラインの例外を認めることが妥当だと考える[以下略]

調査報告書・印字p.106原文HTML ↗
確認された事実委員会の指摘
付箋 09

3月19〜23日に3回電話会議を設定し、3回とも直前キャンセルされた

2021年3月、Credit SuisseはArchegosを動的証拠金計算へ移す交渉を続けていました。3月17日に提示した試算では、初日に約13.85億ドルの追加証拠金が必要になる計算でした。

3月18日、PSRのアナリストは翌週の導入を目指し、質問に答えるための電話を求めました。Archegos側は、残る問題は創業者Bill Hwangの同意を得ることだと返しています。

PSR責任者は3月19日から23日までに3回の電話会議を設定しましたが、Archegosは3回とも直前にキャンセルしました。

3回はいずれも市場終了後に設定されていました。

確認された事実
付箋 10

証拠金の計算方法を変える交渉中、9日間で約24億ドルを返還

動的証拠金計算の提案が進まない一方、ArchegosはCredit Suisseに置いていた余剰の変動証拠金(値動きに伴って受け払いする証拠金)の返還を求めました。

3月11日から19日までに、7.4億ドル、6.5億ドル、2億ドル、7,600万ドル、1.45億ドル、2.3億ドル、4億ドルが返されています。

9日間の合計は約24億ドルでした。各返還要求はArchegos担当のCRMとPSRによって承認されました。

ただし、これはCredit Suisseが任意に24億ドルを贈与したという意味ではありません。報告書によると、Archegosは当時の変動証拠金計算上、各回で実際に求めた額以上を返還請求できる状態で、Credit Suisse側も正当な変動証拠金の返還を拒否する法的権利はないと認識していました。

特別委員会の記述

Although CS took comfort from its ability to raise margin on three-days’ notice, the business never seriously considered invoking this right, which it viewed as a “nuclear” option that could potentially end CS’s relationship with Archegos.

本サイトによる訳クレディ・スイスは3日前の通知で証拠金を引き上げられることを安心材料にしていた。それでも事業部門は、この権利を使うことを真剣には検討していなかった。アルケゴスとの取引関係を終わらせかねない「核兵器級」の選択肢とみていたためである。

調査報告書・印字p.107原文HTML ↗
確認された事実委員会の指摘
付箋 11

「更新するな」と指示された日に、130億ドル超のスワップが24か月更新された

2021年3月12日、Archegosは3月29日に満期を迎える予定だったスワップについて延長を求めました。

130億ドルを超えるスワップが、同じ初期証拠金条件のまま24か月更新されました。

ところが同じ3月12日、Archegosを担当するPSRアナリストは、動的証拠金計算への移行交渉中であることを理由に、Delta Oneのトレーダーへこれらのスワップを更新しないよう明確に指示していました。

特別委員会は、Credit Suisseの文書がこの更新はミスだった可能性を示しているとしています。一方、報告書はこの更新自体が最終的な損失結果を変えたわけではないとも明記しています。

委員会の指摘確認された事実
付箋 12

投資銀行部門トップらは、25億ドル超の追証を払えないと知った夜に初めて名前を聞いたと振り返った

3月24日、ViacomCBSやTencent Musicの下落を受け、Credit Suisseは翌日に25億ドルを超える変動証拠金を請求する見込みになりました。

その夜の電話で、Archegosの最高財務責任者(CFO)はCredit Suisseに対し、翌日のCredit Suisseや他の取引金融機関からの証拠金請求を支払えるだけの流動性がもうないと伝えました。

問題は投資銀行部門の最高経営責任者(IB CEO)とグループ最高リスク責任者(Group CRO)へエスカレーションされました。

報告書によると、IB CEOとGroup CROはいずれも、Archegosについて聞いたのはその夜が初めてだったと記憶していました。

これは特別委員会が客観的に「それまで両者は知らなかった」と認定した表現ではなく、調査で示された本人たちの記憶です。報告書は同時に、それ以前からArchegosが複数のリスク委員会資料に登場していた一方、上層部へのエスカレーションは限定的だったと指摘しています。

関係者の説明委員会の指摘

報告書が指摘した背景

特別委員会は、今回を「リスク管理システムが危険を検知できなかった事件」とは整理していません。報告書は、Archegosのリスクは識別され、目立つ形で存在していたと述べています。それでも、事業部門とリスク部門が繰り返し対応を先送りし、上限超過や証拠金不足を十分に是正しませんでした。

背景として、プライムサービス部門のリスク文化、人員・経験不足、役割の曖昧さ、技術投資の遅れ、問題を上へ押し上げる仕組みの弱さなどを挙げています。報告書はまた、Archegosの利益を重視する中で、既存の契約上の権利やリスク制限を十分に使わなかった場面を複数示しています。

冒頭と背景の記述は印字1–2、129–148ページ、各付箋はそれぞれの表示ページに基づきます。

この記事の訂正

  • 冒頭の「80人を超える従業員へのインタビュー」は「80回を超えるインタビュー」に訂正しました。付箋07のレバレッジ6倍は委員会の認識、付箋12で幹部が初めて知った時点は本人たちの記憶であることを明確にしました。付箋04には顧客同意が条件であることを補い、付箋03の事前指示や付箋11の更新が最終結果に影響しなかったとの留保を裏付ける参照ページも追加しました。

サイト全体の訂正履歴

この記事の編集について各付箋は原文のページに紐付けています。関係者の説明と、調査委員会が確認・評価した内容をできる限り分けて記載しています。記事は原則として、この報告書に記載された内容を対象にしています。